名将言行録 / 『名将言行録』立花宗茂 東西無双の対面
○十八年二月朔日、諸大名伺候しける時、秀吉、家康に問て曰く、今度の上京に、本多平八郎を召具せられたるやと、折節今日是に罷在候とて、御前に召出さる。秀吉、宗茂を召し、彼れこそ東國に隱れなき本多平八と曰ふ者なり。宗茂は西國無雙の譽あれば、向後心を通じて、宗茂は西國を守護して、彌々忠を盡くし、平八は家康を佐けて東國を守護すべし、東西に於て無雙の者なれば、我前に於て對面を許すと言はれければ、前田利家、毛利輝元を始めとして、天晴面目哉とて感じける。各退出ありて後、忠勝殿下の御前に出ること、偏に宗茂の功に依てなりと思ひければ、直ぐに宗茂の宿所に來り、今度殿下の御前に於て面目他に異なり、誠に貴殿の譽に依てなりと喜ぶこと限りなし。宗茂も又大に喜び、貴殿は武勇の譽の候ひし老功の人なれば、若き者の後學に成らんことを語り聞かせ給へと言ければ、忠勝辭するに所なく、樣々の物語心靜にしけり。宗茂大に喜び、聞きしに勝る勇者哉とて、種々饗應して歸せり。
新字:○十八年二月朔日、諸大名伺候しける時、秀吉、家康に問て曰く、今度の上京に、本多平八郎を召具せられたるやと、折節今日是に罷在候とて、御前に召出さる。秀吉、宗茂を召し、彼れこそ東国に隠れなき本多平八と曰ふ者なり。宗茂は西国無双の誉あれば、向後心を通じて、宗茂は西国を守護して、弥々忠を尽くし、平八は家康を佐けて東国を守護すべし、東西に於て無双の者なれば、我前に於て対面を許すと言はれければ、前田利家、毛利輝元を始めとして、天晴面目哉とて感じける。各退出ありて後、忠勝殿下の御前に出ること、偏に宗茂の功に依てなりと思ひければ、直ぐに宗茂の宿所に来り、今度殿下の御前に於て面目他に異なり、誠に貴殿の誉に依てなりと喜ぶこと限りなし。宗茂も又大に喜び、貴殿は武勇の誉の候ひし老功の人なれば、若き者の後学に成らんことを語り聞かせ給へと言ければ、忠勝辞するに所なく、様々の物語心静にしけり。宗茂大に喜び、聞きしに勝る勇者哉とて、種々饗応して帰せり。
書き下し
○十八年二月朔日、諸大名伺候しける時、秀吉、家康に問て曰く、今度の上京に、本多平八郎を召具せられたるやと、折節今日是に罷在候とて、御前に召出さる。秀吉、宗茂を召し、彼れこそ東國に隱れなき本多平八と曰ふ者なり。宗茂は西國無雙の譽あれば、向後心を通じて、宗茂は西國を守護して、彌々忠を盡くし、平八は家康を佐けて東國を守護すべし、東西に於て無雙の者なれば、我前に於て對面を許すと言はれければ、前田利家、毛利輝元を始めとして、天晴面目哉とて感じける。各退出ありて後、忠勝殿下の御前に出ること、偏に宗茂の功に依てなりと思ひければ、直ぐに宗茂の宿所に來り、今度殿下の御前に於て面目他に異なり、誠に貴殿の譽に依てなりと喜ぶこと限りなし。宗茂も又大に喜び、貴殿は武勇の譽の候ひし老功の人なれば、若き者の後學に成らんことを語り聞かせ給へと言ければ、忠勝辭するに所なく、樣々の物語心靜にしけり。宗茂大に喜び、聞きしに勝る勇者哉とて、種々饗應して歸せり。
現代語訳
十八年二月一日、諸大名が伺候していたとき、秀吉が家康に尋ねて言いました。このたびの上京に、本多平八郎をお連れになりましたか、と。ちょうど今日ここに控えております、と言って、御前に召し出されました。秀吉は宗茂を召して、あれこそ東国に隠れなき本多平八という者だ。宗茂は西国無双の誉れがあるので、今後は心を通じ合い、宗茂は西国を守護して、いよいよ忠を尽くし、平八は家康を助けて東国を守護せよ。東西において無双の者であるから、私の前で対面を許す、と言われたので、前田利家、毛利輝元をはじめ、あっぱれ面目なことだと感じ入りました。皆が退出した後、忠勝は、殿下の御前に出られたのは、ひとえに宗茂の功によるものと思い、すぐに宗茂の宿所に来て、このたび殿下の御前で面目をほどこしたのは、まことに貴殿の誉れによるものです、と、喜ぶことは限りありませんでした。宗茂もまた大いに喜び、貴殿は武勇の誉れある老功の人ですから、若い者の後学になるようなことを語り聞かせてくだされ、と言うと、忠勝は断りようがなく、さまざまの物語を心静かにしました。宗茂は大いに喜び、聞きしに勝る勇者だと言って、いろいろもてなして帰しました。
解説

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