韓非子 / 十過第十
九曰内不量力,外恃諸侯,則削國之患也。十曰國小無禮,不用諫臣,則絶世之勢也。
新字:九曰内不量力,外恃諸侯,則削国之患也。十曰国小無礼,不用諫臣,則絶世之勢也。
書き下し
國小にして禮無く、諫臣を用いざるは、則ち世を絶つの勢いなり。
現代語訳
国が小国であるにもかかわらず(他国への)礼節を欠き、諫言する臣下を用いないのは、国を滅ぼす勢いである。
解説
小国である曹の君が、亡命中の重耳(後の晋の文公)に対して無礼な振る舞いをしました。 臣下の叔瞻が「彼を殺すべきだ(危険だ)」と進言し、釐負羈は(逆の立場で)その無礼を憂いましたが、曹君はどちらの諫言も聞き入れませんでした。 組織の規模や体力(國小)に見合わない傲慢な態度(禮無し)をとり、それを正そうとする部下(諫臣)の声を無視すれば、やがて大国(重耳)の怒りを買い、滅びる(世を絶つ)ことになります。
この章句が説くこと
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