名将言行録 / 『名将言行録』伊達政宗 頼宣への見舞いと日常
○家光嗣ぎ立ち年尙少なり、人皆德川賴宣の異心あらんことを疑ふ。是に於て、政宗大臣巨室の者に命じ、其養士の多寡を算せしむ。蓋し用ふる所あらんとすればなり。一日賴宣を訪ひ、將に歸らんとする時、賴宣玄關まで送られしに、廣間所々、座敷々々に家中の歷々伺公せしを見て、偖も/\御家中衆に目を驚かしたり。是程の御人數を持たせらるれば、假令如何樣の大國へ御取掛けあるとも、御勝利疑ひ有間敷なり、然し萬々一幕府へ御等閑の義之あるに於ては、箇樣申年寄日頃國元に祕藏仕置たる郞等共を召連れ、眞先掛て、紀州へ押寄せ參るべくの間、左樣御心得候へと言て、大に笑て去れり、此事府下に傳播し疑ふ者皆釋けり。家光之を聞て、甚だ其志を稱せり。 ○政宗、少より老に至り、未だ嘗て橫臥するを見ず。希れに柱に靠り假寢することあり、片時を空く過ごさず、常に手に卷を釋てず、性、强識、外臣商賈と雖も、一見の後姓名風丰必ず失忘せず。政宗詩歌を好み、常に騷筵を設け、詞客を招く。僧虎谿、林信春等と唱酬せり。
新字:○家光嗣ぎ立ち年尚少なり、人皆徳川頼宣の異心あらんことを疑ふ。是に於て、政宗大臣巨室の者に命じ、其養士の多寡を算せしむ。蓋し用ふる所あらんとすればなり。一日頼宣を訪ひ、将に帰らんとする時、頼宣玄関まで送られしに、広間所々、座敷々々に家中の歴々伺公せしを見て、偖も/\御家中衆に目を驚かしたり。是程の御人数を持たせらるれば、仮令如何様の大国へ御取掛けあるとも、御勝利疑ひ有間敷なり、然し万々一幕府へ御等閑の義之あるに於ては、箇様申年寄日頃国元に秘蔵仕置たる郎等共を召連れ、真先掛て、紀州へ押寄せ参るべくの間、左様御心得候へと言て、大に笑て去れり、此事府下に伝播し疑ふ者皆釈けり。家光之を聞て、甚だ其志を称せり。 ○政宗、少より老に至り、未だ嘗て横臥するを見ず。希れに柱に靠り仮寝することあり、片時を空く過ごさず、常に手に巻を釈てず、性、強識、外臣商賈と雖も、一見の後姓名風丰必ず失忘せず。政宗詩歌を好み、常に騷筵を設け、詞客を招く。僧虎谿、林信春等と唱酬せり。
書き下し
○家光嗣ぎ立ち年尙少なり、人皆德川賴宣の異心あらんことを疑ふ。是に於て、政宗大臣巨室の者に命じ、其養士の多寡を算せしむ。蓋し用ふる所あらんとすればなり。一日賴宣を訪ひ、將に歸らんとする時、賴宣玄關まで送られしに、廣間所々、座敷々々に家中の歷々伺公せしを見て、偖も/\御家中衆に目を驚かしたり。是程の御人數を持たせらるれば、假令如何樣の大國へ御取掛けあるとも、御勝利疑ひ有間敷なり、然し萬々一幕府へ御等閑の義之あるに於ては、箇樣申年寄日頃國元に祕藏仕置たる郞等共を召連れ、眞先掛て、紀州へ押寄せ參るべくの間、左樣御心得候へと言て、大に笑て去れり、此事府下に傳播し疑ふ者皆釋けり。家光之を聞て、甚だ其志を稱せり。 ○政宗、少より老に至り、未だ嘗て橫臥するを見ず。希れに柱に靠り假寢することあり、片時を空く過ごさず、常に手に卷を釋てず、性、强識、外臣商賈と雖も、一見の後姓名風丰必ず失忘せず。政宗詩歌を好み、常に騷筵を設け、詞客を招く。僧虎谿、林信春等と唱酬せり。
現代語訳
家光が家を継いだとき、まだ年が若く、人々は皆、徳川頼宣に異心があるのではないかと疑った。そこで政宗は、大臣や有力者に命じて、その養う武士の数の多少を算定させた。用いる所があろうとしたためである。ある日、頼宣を訪問して、帰ろうとするとき、頼宣が玄関まで見送ったが、広間や座敷のあちこちに家中の主だった者たちが控えているのを見て、政宗は「いやはや、ご家中の衆には目を見張りました。これほどのご人数をお持ちなら、たとえどのような大国へお取りかかりになっても、ご勝利は疑いありません。しかし万一、幕府にご不義のことがあれば、このように申す私は、日頃国元に秘蔵しておいた郎党を召し連れ、真っ先に紀州へ押し寄せましょうから、そのようにお心得ください」と言って、大いに笑って去った。この事は江戸の町に広まり、疑っていた者は皆、疑いを解いた。家光はこれを聞いて、その志を大いに称えた。 政宗は若い頃から老年に至るまで、横になっているところを見たことがなかった。まれに柱にもたれて仮眠することがあったが、少しの時間も無駄にせず、常に手から書物を離さず、記憶力が強く、外部の臣や商人であっても、一度会った後は姓名や容貌を必ず忘れなかった。政宗は詩歌を好み、常に宴を設けて文人を招いた。僧の虎渓や林信春らと詩を応酬した。
解説

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