名将言行録 / 『名将言行録』島津家久 戸次川と家久の人となり
○同年十二月、家久、秀吉の先鋒仙石秀久、長曾我部元親等と戸次川に戰ひ、大に之を敗り、元親が嫡子彌三郎信親を討取りたり。元親濱邊を指して引退きし所、潮干なれば渡るべき樣なく、兒やせん、角やすべきとありし所に、家久、川上久右衞門を以て、元親へ、今度御子息を打取りしこと、弓箭の故是非に及ばざる次第なり、然る所に、船を潮干になり浮み難く見えたり、緩々と潮を待ち解陣せらるべくと言遣はしたり。 古賀煜曰。不迫人于險、仁也、而勇之大在其中矣。 ○家久、人となり、勇武精悍、飮酒遊戲を好まず、常に武を講ずるを樂みと爲す。義久、秀吉に降りし五月、家久、羽柴秀長に會す。秀長、家久を忌み、密に之を毒す。之に依り終に疾を得て死す。人皆之を惜めり。
新字:○同年十二月、家久、秀吉の先鋒仙石秀久、長曽我部元親等と戸次川に戦ひ、大に之を敗り、元親が嫡子弥三郎信親を討取りたり。元親浜辺を指して引退きし所、潮干なれば渡るべき様なく、児やせん、角やすべきとありし所に、家久、川上久右衛門を以て、元親へ、今度御子息を打取りしこと、弓箭の故是非に及ばざる次第なり、然る所に、船を潮干になり浮み難く見えたり、緩々と潮を待ち解陣せらるべくと言遣はしたり。 古賀煜曰。不迫人于険、仁也、而勇之大在其中矣。 ○家久、人となり、勇武精悍、飲酒遊戯を好まず、常に武を講ずるを楽みと為す。義久、秀吉に降りし五月、家久、羽柴秀長に会す。秀長、家久を忌み、密に之を毒す。之に依り終に疾を得て死す。人皆之を惜めり。
書き下し
○同年十二月、家久、秀吉の先鋒仙石秀久、長曾我部元親等と戸次川に戰ひ、大に之を敗り、元親が嫡子彌三郎信親を討取りたり。元親濱邊を指して引退きし所、潮干なれば渡るべき樣なく、兒やせん、角やすべきとありし所に、家久、川上久右衞門を以て、元親へ、今度御子息を打取りしこと、弓箭の故是非に及ばざる次第なり、然る所に、船を潮干になり浮み難く見えたり、緩々と潮を待ち解陣せらるべくと言遣はしたり。 古賀煜曰。不迫人于險、仁也、而勇之大在其中矣。 ○家久、人となり、勇武精悍、飮酒遊戲を好まず、常に武を講ずるを樂みと爲す。義久、秀吉に降りし五月、家久、羽柴秀長に會す。秀長、家久を忌み、密に之を毒す。之に依り終に疾を得て死す。人皆之を惜めり。
現代語訳
同じ年(天正十四年)の十二月、家久は秀吉の先鋒である仙石秀久、長宗我部元親らと戸次川で戦い、大いにこれを破り、元親の嫡子、弥三郎信親を討ち取った。元親は浜辺をめざして引き退いたが、潮が引いていて渡れそうになく、どうしようかと迷っていたところ、家久は川上久右衛門を使いに立て、元親へ「このたび、ご子息を討ち取ったことは、弓矢の道ゆえ、是非もないことです。ところが、船が潮が引いて浮かびにくいように見えます。ゆっくり潮を待って陣を解かれるように」と言い送った。 古賀煜は言う。人を危険に追い込まないのは仁であり、勇の大きなものもその中にある。 家久は人となりが勇武で精悍、酒を飲んだり遊んだりすることを好まず、常に武を講じることを楽しみとしていた。義久が秀吉に降伏した五月、家久は羽柴秀長に会った。秀長は家久を警戒し、ひそかに毒を盛った。これが原因でついに病を得て死んだ。人々は皆これを惜しんだ。
解説

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