名将言行録 / 『名将言行録』蒲生氏郷 端城を捨て本城を攻める
○秀吉、勝家と矛盾の時、伊勢、伊賀を氣遣ひ、氏郷をして兩國押の爲めに日野の城に居らしむ。伊賀守度々打出しかども、氏郷の爲めに打敗らる。勝家戰死の後、伊賀守、比智山を立出ることなく、一向に楯籠る。氏郷之を攻んとし、老臣等と詮議す、老臣等曰く、端城六ッ之あり先づ端城を攻落し、偖比智山を攻らるべしと。氏郷曰く、否々端城一ッ二ッ攻落しなば、残る城共、皆比智山へ逃げ籠るべし、比智山を攻落さば、端城に逃退くべし、只比智山を攻めよとて攻めて之を拔く。案の如く六つの端城は戰はずして潰散せり。
新字:○秀吉、勝家と矛盾の時、伊勢、伊賀を気遣ひ、氏郷をして両国押の為めに日野の城に居らしむ。伊賀守度々打出しかども、氏郷の為めに打敗らる。勝家戦死の後、伊賀守、比智山を立出ることなく、一向に楯籠る。氏郷之を攻んとし、老臣等と詮議す、老臣等曰く、端城六ッ之あり先づ端城を攻落し、偖比智山を攻らるべしと。氏郷曰く、否々端城一ッ二ッ攻落しなば、残る城共、皆比智山へ逃げ籠るべし、比智山を攻落さば、端城に逃退くべし、只比智山を攻めよとて攻めて之を抜く。案の如く六つの端城は戦はずして潰散せり。
書き下し
○秀吉、勝家と矛盾の時、伊勢、伊賀を氣遣ひ、氏郷をして兩國押の爲めに日野の城に居らしむ。伊賀守度々打出しかども、氏郷の爲めに打敗らる。勝家戰死の後、伊賀守、比智山を立出ることなく、一向に楯籠る。氏郷之を攻んとし、老臣等と詮議す、老臣等曰く、端城六ッ之あり先づ端城を攻落し、偖比智山を攻らるべしと。氏郷曰く、否々端城一ッ二ッ攻落しなば、残る城共、皆比智山へ逃げ籠るべし、比智山を攻落さば、端城に逃退くべし、只比智山を攻めよとて攻めて之を拔く。案の如く六つの端城は戰はずして潰散せり。
現代語訳
秀吉が勝家と対立したとき、伊勢と伊賀に気を配り、氏郷に両国を抑えさせるため日野の城にいさせた。伊賀守はたびたび打って出たが、氏郷に打ち破られた。勝家が戦死したのち、伊賀守は比智山から出ることなく、ひたすら立てこもった。氏郷はこれを攻めようとして、老臣たちと評議した。老臣たちは、端城が六つあります、まず端城を攻め落とし、そのうえで比智山を攻めなさいませ、と言った。氏郷は、いやいや、端城を一つ二つ攻め落としたなら、残る城の者は皆比智山へ逃げ込むだろう、比智山を攻め落とせば、端城の者は逃げ退くだろう、ただ比智山を攻めよ、と言って攻め、これを落とした。思ったとおり、六つの端城は戦わずに崩れ散った。
解説

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