韓非子 / 功名第二十八
人主之患在莫之應,故曰:一手獨拍,雖疾無聲。人臣之憂在不得一,故曰:右手畫圓,左手畫方,不能兩成。
新字:人主之患在莫之応,故曰:一手独拍,雖疾無声。人臣之憂在不得一,故曰:右手画円,左手画方,不能両成。
書き下し
人臣の憂は一を得ざるに在り、故に曰く、「右手圓を書き、左手方を書けば、兩つながら成る能わず。」
現代語訳
臣下の憂いは、方針が一つに定まらないことにある。ゆえに『右手で円を描きながら、左手で四角を描けば、両方とも完成させることはできない』と言う。
解説
臣下として仕える者にとっての悩みは、目指すべき方針が一つに定まらないことにあります。だからこそ「右手で丸を描きながら、同時に左手で四角を描こうとしても、どちらもきちんとは描けない」と言うのです。人であれ組織であれ、同時に相反する二つの目標を追いかけようとすると、力が分散してしまい、結局どちらも中途半端な出来になってしまいます。例えば、家計を切り詰めたいのに贅沢な暮らしも諦めきれない、勉強も部活も両方全力でやりたいが体は一つしかない、というように、私たちの日々の暮らしにもよくあることです。人の上に立つ者は、あれもこれもと欲張らず、今何を最優先にするのかをはっきり示し、皆の力を一つの方向にまとめてあげる役目を負っているのです。
この章句が説くこと
優先順位フォーカスリソース配分トレードオフ二兎を追う者
関連する章句
-
『韓非子』用人第二十七刑法有りて死すとも螫毒(せきどく)無し、故に姦人服す。矢を發して的に中(あ)たり、賞罰符に當たる、故に堯復た生き、羿(げい)復た立つ。此の如くなれば、則ち上に殷・夏の患無く、下に比干の禍無く、君は枕を高くして臣は業を樂しみ、道は天地を蔽(おお)ひ、德は萬世に極まる。夫れ人主、隙穴を塞がずして力を赭堊(しゃあく)に勞すれば、暴雨疾風必ず壞る。眉睫の禍を去らずして賁(ほん)・育(いく)の死を慕ひ、蕭牆(しょうしょう)の患を謹まずして金城を遠境に固くし、近賢の謀を用ひずして外萬乘の交はりを千里に結ばば、飄風一旦起こらば、則ち賁・育も救ふに及ばず、外交も至るに及ばず、禍は此れより大なるは莫し。
-
孟子・告子章句上孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
-
論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
-
史記 伍子胥列伝其の後五年、呉王、斉の景公死して大臣寵を争ひ、新君弱しと聞き、乃ち師を興して北のかた斉を伐つ。伍子胥諫めて曰く、「句踐食に味を重ねず、死を弔ひ疾を問ふは、且に用ゐる所有らんと欲すればなり。此の人死せずんば、必ず呉の患ひと為らん。今呉の越有るは、猶ほ人の腹心の疾有るがごときなり。而るに王越を先にせずして乃ち斉を務むるは、亦た謬らずや」と。呉王聴かず、斉を伐ち、大いに斉の師を艾陵に敗り、遂に鄒・魯の君を威して以て帰る。益々子胥の謀を疏んず。
-
孟子・告子章句上孟子曰く、「今、無名の指、屈して信びざる有り。疾痛して事に害あるに非ざるなり。如し能く之を信ばす者有れば、則ち秦楚の路をも遠しとせず。指の人に若かざるが為なり。指の人に若かざるは、則ち之を惡むことを知る。心の人に若かざるは、則ち惡むことを知らず。此を之れ類を知らずと謂うなり。」
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「知者は知らざること無きなり。當に務むべきを之れ急と為す。仁者は愛せざること無きなり。賢を親しむを急にするを之れ務と為す。堯舜の知にして物に遍からざるは、先務を急にすればなり。堯舜の仁にして人を愛するに遍らざるは、賢を親しむを急にすればなり。三年の喪を能くせずして、緦(シ)・小功を之れ察し、放飯・流歠(セツ)して、齒決すること無きを問う、是を之れ務めを知らずと謂う。」