論語 / 郷党篇
廄焚,子退朝,曰:「傷人乎?」不問馬。
書き下し
廄焚けたり。子、朝より退きて曰く、「人を傷つけたるか。」馬を問わず。
現代語訳
馬小屋が焼けた。先生は朝廷から退出してこられると、おっしゃった。「人にけがはなかったか。」馬のことはお尋ねにならなかった。
解説
短い記録だが、論語の中でも特に鋭い一章である。当時の馬は高価な財産であり、厩が焼けたと聞けば、まず馬の被害を尋ねるのが普通だった。孔子は人だけを尋ね、馬を尋ねなかった。損失の大小ではなく、何を先に問うかで価値観が現れている。しかも記録者は「不問馬」と書き添えた。尋ねなかったという不作為をわざわざ記したところに、当時の常識との落差が表れている。事故や失敗の報告を受けたときの第一声は、組織に対する最も強いメッセージになる。損害額を先に聞く上司と、怪我人を先に聞く上司では、次に報告が上がってくる速さが変わる。第一声は準備できない。だからこそ、その人が普段何を重く見ているかが、そのまま出る。
この章句が説くこと
優先順位人命第一声価値観報告
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孟子・告子章句上孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
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『晏子春秋』諫下・景公欲以人禮葬走狗晏子諫景公の走狗死し、公外に之が棺を共し、内に之が祭を給せしむ。晏子聞きて、諫む。公曰く、「亦た細物なり、特だ以て左右と笑いを為すのみ」と。晏子曰く、「君過てり。夫れ厚く籍斂して以て民に反さず、貨財を棄てて左右を笑わしめ、細民の憂いに傲りて、左右の笑いを崇ぶ、則ち国も亦た望み無きのみ。且つ夫れ孤老凍餒して死すれども、狗に祭有り。鰥寡恤まれずして死すれども、狗に棺有り。行いの辟なること此の若し、百姓之を聞かば、必ず吾が君を怨まん。諸侯之を聞かば、必ず吾が国を軽んぜん。怨み百姓に聚まり、権は諸侯に軽し、而して乃ち以て細物と為すは、君其れ之を図れ」と。公曰く、「善し」と。趣やかに庖に狗を治めしめ、以て朝属に会せしむ。
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伝習録・薛侃録一学者有り、目を病み、戚戚として甚だ憂う。先生曰く、「爾は乃ち目を貴び心を賤しむ」と。
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『韓非子』功名第二十八人臣の憂は一を得ざるに在り、故に曰く、「右手圓を書き、左手方を書けば、兩つながら成る能わず。」
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言志四録・言志録 第二百二十九条 先務を急にし賢を親しむ孟子は、先務を急にし、賢を親しむを急にするを以て、堯舜の仁智と為す。試みに二典を検するに、並びに皆前半截は是れ先務を急にし、後半截は是れ賢を親しむを急にす。
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『武人訓抄録』・知るべきと知らぬでよい事一神武講習の道かならず不知ば有べからざる者あり、かならず不知ところの者あり、脩己治人の道、攻鋭守難の術は、かならず不知ば有べからざるものなり、其餘進で賊を討ずるに益なく、退て民を保ずるに利なきものは、かならず不知といへども又さらに害なし、をよそ時日方位器用故實の類は、職者の事業にして武將の先務にはあらず、曾子曰、籩豆之事則有司存と、神武の指も亦しかり、技用之事則職者在、總て藝士職者の關る事をば、皆其道の明達に附して學者奪ふべからず、今の小子習學の法を知らず、區々として心を衆技の細事に止む、大に不可なり、學者諒察せよ、