論語 / 郷党篇
廄焚,子退朝,曰:「傷人乎?」不問馬。
書き下し
廄焚けたり。子、朝より退きて曰く、「人を傷つけたるか。」馬を問わず。
現代語訳
厩が焼けた。先生は朝廷から退出されて、「怪我人はいなかったか」とお尋ねになった。馬のことはお尋ねにならなかった。
解説
短い記録だが、論語の中でも特に鋭い一章である。当時の馬は高価な財産であり、厩が焼けたと聞けば、まず馬の被害を尋ねるのが普通だった。孔子は人だけを尋ね、馬を尋ねなかった。損失の大小ではなく、何を先に問うかで価値観が現れている。しかも記録者は「不問馬」と書き添えた。尋ねなかったという不作為をわざわざ記したところに、当時の常識との落差が表れている。事故や失敗の報告を受けたときの第一声は、組織に対する最も強いメッセージになる。損害額を先に聞く上司と、怪我人を先に聞く上司では、次に報告が上がってくる速さが変わる。第一声は準備できない。だからこそ、その人が普段何を重く見ているかが、そのまま出る。