名将言行録 / 『名将言行録』明智光春 二條加勢を退ける
光秀は、二條を取卷き、城介信忠を攻む。城强くして落ちず。乃ち使を馳せて光春に、本能寺を捨て二條へ加勢すべしと申越す。光春其使に向ひ、眼を怒らし、大音揚げ、信長公を擊ち奉る上は、天下は悉く皆敵なり。近國より、只今にも後詰あらば、此左馬助は持受け防ぐべきと存じ、備を立人數を崩さず控へたり。然るに二條强し、加勢せよとは殿の仰とも存ぜず、總手を亂し、城攻に掛り、若し近國より、大敵押寄來らば、誰か其勢を防ぐべき、思ひも寄らぬことなりと返答し、其使を追歸せり。
新字:光秀は、二条を取巻き、城介信忠を攻む。城強くして落ちず。乃ち使を馳せて光春に、本能寺を捨て二条へ加勢すべしと申越す。光春其使に向ひ、眼を怒らし、大音揚げ、信長公を撃ち奉る上は、天下は悉く皆敵なり。近国より、只今にも後詰あらば、此左馬助は持受け防ぐべきと存じ、備を立人数を崩さず控へたり。然るに二条強し、加勢せよとは殿の仰とも存ぜず、総手を乱し、城攻に掛り、若し近国より、大敵押寄来らば、誰か其勢を防ぐべき、思ひも寄らぬことなりと返答し、其使を追帰せり。
書き下し
光秀は、二條を取卷き、城介信忠を攻む。城强くして落ちず。乃ち使を馳せて光春に、本能寺を捨て二條へ加勢すべしと申越す。光春其使に向ひ、眼を怒らし、大音揚げ、信長公を擊ち奉る上は、天下は悉く皆敵なり。近國より、只今にも後詰あらば、此左馬助は持受け防ぐべきと存じ、備を立人數を崩さず控へたり。然るに二條强し、加勢せよとは殿の仰とも存ぜず、總手を亂し、城攻に掛り、若し近國より、大敵押寄來らば、誰か其勢を防ぐべき、思ひも寄らぬことなりと返答し、其使を追歸せり。
現代語訳
光秀は二条城を取り巻き、城介信忠を攻めました。城は堅固で落ちません。そこで使いを走らせて光春に、本能寺を捨てて二条へ加勢せよと言ってきました。光春はその使いに向かって目を怒らせ、大声をあげて、「信長公を討ち奉った以上、天下はことごとく敵である。近国からいますぐにでも後詰めの軍が来たならば、この左馬助が受け止めて防ごうと考え、備えを立てて人数を崩さず控えているのだ。それなのに、二条が堅いから加勢せよとは、殿の仰せとも思えない。全軍を乱して城攻めにかかり、もし近国から大敵が押し寄せてきたら、誰がその勢いを防ぐのか。思いもよらぬことだ」と返答して、その使いを追い返しました。
解説

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