告志篇 / 武具は実用を旨とし偏って集めない
武器を好候迄、甲冑を好て多く集め候人もあり、又は刀劒を好て多く集め候人も有之、何れも惡からぬ事にて候得ども、全備いたし候上にて、其餘は好み候品を多く集め候は格別、只一方のみ多く集め候は、好事の患なきにしもあらず、されば小臣は勿論、大臣迄も、槍刀は至極の名作を好にも不及、折ず曲らざる業物を心掛、物具も美麗を不好、鍛のよきを心掛、馬も毛色抔を不好、いき足のよきを飼立、其外皆實用一通にて可然なり、かく手輕く心懸候ても、其々取揃、今出陣するにも指支無之樣いたし候は、當世にては、容易なるまじきなれば、人々油斷なき樣にと存候、
新字:武器を好候迄、甲冑を好て多く集め候人もあり、又は刀劒を好て多く集め候人も有之、何れも悪からぬ事にて候得ども、全備いたし候上にて、其余は好み候品を多く集め候は格別、只一方のみ多く集め候は、好事の患なきにしもあらず、されば小臣は勿論、大臣迄も、槍刀は至極の名作を好にも不及、折ず曲らざる業物を心掛、物具も美麗を不好、鍛のよきを心掛、馬も毛色抔を不好、いき足のよきを飼立、其外皆実用一通にて可然なり、かく手軽く心懸候ても、其々取揃、今出陣するにも指支無之様いたし候は、当世にては、容易なるまじきなれば、人々油断なき様にと存候、
書き下し
武器を好候迄、甲冑を好て多く集め候人もあり、又は刀劒を好て多く集め候人も有之、何れも惡からぬ事にて候得ども、全備いたし候上にて、其餘は好み候品を多く集め候は格別、只一方のみ多く集め候は、好事の患なきにしもあらず、されば小臣は勿論、大臣迄も、槍刀は至極の名作を好にも不及、折ず曲らざる業物を心掛、物具も美麗を不好、鍛のよきを心掛、馬も毛色抔を不好、いき足のよきを飼立、其外皆實用一通にて可然なり、かく手輕く心懸候ても、其々取揃、今出陣するにも指支無之樣いたし候は、當世にては、容易なるまじきなれば、人々油斷なき樣にと存候、
現代語訳
武器を好むあまり、甲冑を好んで多く集める人もあり、また刀剣を好んで多く集める人もあります。いずれも悪くはありませんが、必要な備えを完全に整えたうえで、その余りに好みの品を多く集めるのは別として、ただ一方だけを多く集めるのは、物好きの弊害がないでもありません。ですから小臣はもちろん、大臣まで、槍や刀は至極の名作を好むには及ばず、折れず曲がらない業物を心がけ、武具も美麗を好まず、鍛えのよいものを心がけ、馬も毛色などを好まず、息や足のよいものを飼い育て、そのほかもみな実用一通りでよいのです。このように手軽に心がけても、それぞれを取り揃えて、今出陣するにも支障のないようにしておくことは、今の世では容易ではないでしょうから、人々が油断しないようにと思います。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』哀公三年 人を傷つけば止めよ三年春、齊・衛、戚を圍み、援を中山に求む。夏、五月、辛卯、司鐸に火あり。火、公宮を踰え、桓・僖災(やけ)たり。火を救ふ者皆曰く、「府を顧みよ」と。南宮敬叔至り、周人に命じて御書を出さしめ、宮に俟たしめて曰く、「女(なんぢ)に庀(そな)へしむ。而(も)し在らずんば死せん」と。子服景伯至り、宰人に命じて禮書を出さしめ、以て命を待たしむ。「命共せずんば、常刑有り」と。校人は馬に乘し、巾車は轄に脂す。百官官ごとに備へ、府庫は慎みて守り、官人は肅みて給す。帷幕を濟濡し、鬱攸之に從ふ。公屋を蒙茸す。大廟より始め、外內以て悛(つい)で、給せざる所を助く。命を用ゐざる有らば、則ち常刑有りて、赦すこと無し。公父文伯至り、校人に命じて乘車を駕せしむ。季桓子至り、公に御して象魏の外に立ち、火を救ふ者に命ず、「人を傷つけば則ち止めよ。財は為すべきなり」と。命じて象魏を藏せしめて曰く、「舊章は亡ふべからざるなり」と。富父槐至りて曰く、「備へ無くして官辦ずる者は、猶ほ瀋を拾ふがごときなり」と。是に於てか表の稿を去り、公宮を道還す。孔子陳に在り、火を聞きて曰く、「其れ桓・僖か」と。劉氏・范氏、世々婚姻を為す。萇弘、劉文公に事ふ。故に周、范氏に與す。趙鞅以て討と為す。六月、癸卯、周人萇弘を殺す。
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『家道訓』巻之二・総論中一もろこしの諺に、かねて後の用心なきことをそしりて曰、三月に桑をうゑんことをおもひ、六月に塘を掘らんことをおもふ。言ふ意は、三月蠶を飼ふ時にいたりて、はじめて桑をうゑんことをおもひ出し、六月旱する時にいたりて、はじめて塘を掘らんことをおもひ出すは、かねて後の用心をせざる人のゆだんなる事をいへり。遠き慮なければ、必ず近き憂あり。家ををさむるには、万のこと後を慮りて、かねてはやく其の用意をすべし。如此すれば、時にのぞみてにはかに行きあたりくるしまず。中庸にも、凡事前に定むれば不跲といへり。初にうれへざれば、をはりに楽なし。
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『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
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『墨子』備城門城下の里中の家人、各おの葆すること亦た左右前後、城上の如くす。城小さく人衆ければ、鄉の老弱を葆離し、國中及び大城に也す。㓂至らば、必ず攻めんことを度り、主人、先ず城編を削る。唯だ燒くこと勿かれ。冦、城下に在らば、時に吏卒の署を換え、而も亦た養を換うる毋かれ。養は城に上るを得る毋かれ。宼、城下に在らば、諸盆罋を牧め、城下に耕積す。百步に一積、積は五百。城門の内、室有るを得ず。周官・桓吏を為り、四尺を倪と為す。行棧の内閈、二關一堞。城場の外を除き、池を去ること百步、墻垣樹木の小大、盡く壊し代え除去す。寇の從りて來たる所、若しくは昵道・傒近、若しくは城塲は、皆な扈樓を為る。竹箭を天中に立つ。守堂の下に大樓を為り、髙く城に臨む。堂下、周く散じ、道中、客に應ず。客、見ゆるを待つ。時に三老・左葆・官中の者を召し、與に事を計る。之を為すこと奈何と。子墨子曰く、穴士の守を問う。邪びに穴を備うる者は、城内に髙樓を為りて以て此の十四者を謹み具うれば、則ち民も亦た上を疑わず。然る後に城、守る可し。十四者、一も無くんば、則ち善き者と雖も守る能わざるなり。
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