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春秋左氏伝 / 哀公三年 人を傷つけば止めよ

三年春。齊衛圍戚。求援于中山。夏。五月。辛卯。司鐸火。火踰公宮。桓僖災。救火者皆曰顧府。南宮敬叔至。命周人出御書。俟於宮曰。庀女而不在死。子服景伯至。命宰人出禮書。以待命。命不共。有常刑。校人乘馬。巾車脂轄。百官官備。府庫慎守。官人肅給。濟濡帷幕。鬱攸從之。蒙茸公屋。自大廟始。外內以悛。助所不給。有不用命。則有常刑。無赦。公父文伯至。命校人駕乘車。季桓子至。御公立于象魏之外。命救火者。傷人則止。財可為也。命藏象魏。曰。舊章不可亡也。富父槐至。曰。無備而官辦者。猶拾瀋也。於是乎去表之稿。道還公宮。孔子在陳。聞火。曰。其桓僖乎。劉氏。范氏。世為婚姻。萇弘事劉文公。故周與范氏。趙鞅以為討。六月。癸卯。周人殺萇弘。

新字:三年春。斉衛囲戚。求援于中山。夏。五月。辛卯。司鐸火。火踰公宮。桓僖災。救火者皆曰顧府。南宮敬叔至。命周人出御書。俟於宮曰。庀女而不在死。子服景伯至。命宰人出礼書。以待命。命不共。有常刑。校人乗馬。巾車脂轄。百官官備。府庫慎守。官人粛給。済濡帷幕。鬱攸従之。蒙茸公屋。自大廟始。外内以悛。助所不給。有不用命。則有常刑。無赦。公父文伯至。命校人駕乗車。季桓子至。御公立于象魏之外。命救火者。傷人則止。財可為也。命蔵象魏。曰。旧章不可亡也。富父槐至。曰。無備而官辦者。猶拾瀋也。於是乎去表之稿。道還公宮。孔子在陳。聞火。曰。其桓僖乎。劉氏。范氏。世為婚姻。萇弘事劉文公。故周与范氏。趙鞅以為討。六月。癸卯。周人殺萇弘。

書き下し

三年春、齊・衛、戚を圍み、援を中山に求む。夏、五月、辛卯、司鐸に火あり。火、公宮を踰え、桓・僖災(やけ)たり。火を救ふ者皆曰く、「府を顧みよ」と。南宮敬叔至り、周人に命じて御書を出さしめ、宮に俟たしめて曰く、「女(なんぢ)に庀(そな)へしむ。而(も)し在らずんば死せん」と。子服景伯至り、宰人に命じて禮書を出さしめ、以て命を待たしむ。「命共せずんば、常刑有り」と。校人は馬に乘し、巾車は轄に脂す。百官官ごとに備へ、府庫は慎みて守り、官人は肅みて給す。帷幕を濟濡し、鬱攸之に從ふ。公屋を蒙茸す。大廟より始め、外內以て悛(つい)で、給せざる所を助く。命を用ゐざる有らば、則ち常刑有りて、赦すこと無し。公父文伯至り、校人に命じて乘車を駕せしむ。季桓子至り、公に御して象魏の外に立ち、火を救ふ者に命ず、「人を傷つけば則ち止めよ。財は為すべきなり」と。命じて象魏を藏せしめて曰く、「舊章は亡ふべからざるなり」と。富父槐至りて曰く、「備へ無くして官辦ずる者は、猶ほ瀋を拾ふがごときなり」と。是に於てか表の稿を去り、公宮を道還す。孔子陳に在り、火を聞きて曰く、「其れ桓・僖か」と。劉氏・范氏、世々婚姻を為す。萇弘、劉文公に事ふ。故に周、范氏に與す。趙鞅以て討と為す。六月、癸卯、周人萇弘を殺す。

現代語訳

三年の春、斉と衛は戚(蒯聵の拠る邑)を包囲し、中山に援軍を求めた。夏五月辛卯の日、司鐸(しとく、官署の名)から火が出た。火は公宮を越えて燃え広がり、桓公・僖公の廟が焼けた。消火に当たる者たちは口々に「府庫(財物の倉)を守れ」と言った。南宮敬叔(なんきゅうけいしゅく)が駆けつけ、周人(書物をつかさどる役人)に命じて君の書物を運び出させ、宮中で待機させて言った。「おまえに管理を任せる。もし持ち場を離れたら死罪だ」。子服景伯(しふくけいはく)が駆けつけ、宰人(さいじん)に命じて礼の書物を運び出させ、命令を待たせた。「命令に従わなければ、定めの刑罰がある」。校人(馬をつかさどる役人)は馬に車をつけ、巾車(車をつかさどる役人)は車軸の楔に油を差した。百官はそれぞれの職務に備え、府庫は慎重に守り、役人たちは謹んで物資を供給した。帷幕を水で濡らし、火気の向かう所に従って覆いかけた。公の建物の屋根を(濡らしたもので)覆った。大廟から始めて、外から内へと順に及ぼし、手の回らないところを助けた。命令に従わない者がいれば、定めの刑罰があり、赦しはしなかった。公父文伯(こうほぶんぱく)が駆けつけ、校人に命じて君の乗る車を用意させた。季桓子(きかんし、魯の執政)が駆けつけ、公の車を御して象魏(しょうぎ、法令を掲げる宮門の楼)の外に立ち、消火に当たる者たちに命じた。「人がけがをするようなら、消火をやめよ。財物はまた作ることができる」。そして象魏に掲げてある法令を運び出してしまわせ、言った。「古くからの法令は失ってはならない」。富父槐(ふほかい)が駆けつけて言った。「備えもないまま役人に対処させるのは、こぼれた汁を拾い集めるようなものだ」。そこで宮殿の外周にある枯れ草を取り除き、公宮の周りに道を通して火除けとした。孔子は陳にいて、火事のことを聞いて言った。「焼けたのは桓公・僖公の廟ではないか」。劉氏(周の卿)と范氏は代々婚姻を結んでいた。萇弘(ちょうこう)は劉文公に仕えていた。そのため周は范氏に味方した。趙鞅はこれを問責した。六月癸卯の日、周の人々は萇弘を殺した。

解説

魯の宮殿の火事を、駆けつけた順に一人ずつ描いた記事で、危機対応の記録として読める。消火に当たる者たちが「府を顧みよ」と財物ばかり気にするなか、南宮敬叔は書物を、子服景伯は礼書を運び出させ、各部署に持ち場と責任を割り振る。季桓子は「人を傷つけば則ち止めよ。財は為すべきなり」と命じる。財は作り直せるが人は戻らないという優先順位の明示である。一方で法令を掲げた象魏は「旧章は亡ふべからず」として運び出させた。人命と記録を守り、財物は後回しにする。富父槐は、備えのない対処は「瀋を拾ふ」ようなものだと言い、延焼を防ぐ防火帯を作らせた。孔子が遠く陳で「桓・僖か」と言い当てたのは、本来とうに取り壊すべき代数の廟が残っていたからだとされる。緊急時に何を先に守るか、平時に決めておくことの意味を考えさせる。

この章句が説くこと

危機管理人命優先順位記録備え

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