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名将言行録 / 『名将言行録』直江兼續 塩だけで足る食事と文事

○兼續、一日安田順易方に行きしに、折節朝餉の時にて、疾く出でざりしを申譯ありければ、兼續常に何にを召されしやと問ふ。順易蓼と鹽とにて食し候と答ければ、兼續鹽にて事足りぬべきに、蓼までは由なしと言ひしとぞ。 ○兼續武事に練達するのみならず、兼ねて和歌詩文を善くせり。織女惜別と云題にて、「二星何恨隔年逢。今夜連牀散鬱胸。私語未終先灑涙。合歡枕下五更鐘。又春雁似吾吾似雁。洛陽城裏背花歸。」等の句あり。又五臣註の文選は兼續の板行せし所なり。又征韓の役、兼續渡海せしが、絶域に功を建つるも、何の益かあるべきと言て、書籍分捕して歸朝せり。兼續と、前田慶次郎利大と、兩人評を加へし宋板の史記、今に至り上杉氏の學校に存せりと云ふ。又慶長五年、僧承兌に報ずるの書、家康の怒には觸れしかども、然れども其書飽滿抗壯にして、少しも窒塞の最なかりけり。其文事を善くすること、率ね見るべし。

新字:○兼続、一日安田順易方に行きしに、折節朝餉の時にて、疾く出でざりしを申訳ありければ、兼続常に何にを召されしやと問ふ。順易蓼と塩とにて食し候と答ければ、兼続塩にて事足りぬべきに、蓼までは由なしと言ひしとぞ。 ○兼続武事に練達するのみならず、兼ねて和歌詩文を善くせり。織女惜別と云題にて、「二星何恨隔年逢。今夜連牀散鬱胸。私語未終先灑涙。合歓枕下五更鐘。又春雁似吾吾似雁。洛陽城裏背花帰。」等の句あり。又五臣註の文選は兼続の板行せし所なり。又征韓の役、兼続渡海せしが、絶域に功を建つるも、何の益かあるべきと言て、書籍分捕して帰朝せり。兼続と、前田慶次郎利大と、両人評を加へし宋板の史記、今に至り上杉氏の学校に存せりと云ふ。又慶長五年、僧承兌に報ずるの書、家康の怒には触れしかども、然れども其書飽満抗壮にして、少しも窒塞の最なかりけり。其文事を善くすること、率ね見るべし。

書き下し

○兼續、一日安田順易方に行きしに、折節朝餉の時にて、疾く出でざりしを申譯ありければ、兼續常に何にを召されしやと問ふ。順易蓼と鹽とにて食し候と答ければ、兼續鹽にて事足りぬべきに、蓼までは由なしと言ひしとぞ。 ○兼續武事に練達するのみならず、兼ねて和歌詩文を善くせり。織女惜別と云題にて、「二星何恨隔年逢。今夜連牀散鬱胸。私語未終先灑涙。合歡枕下五更鐘。又春雁似吾吾似雁。洛陽城裏背花歸。」等の句あり。又五臣註の文選は兼續の板行せし所なり。又征韓の役、兼續渡海せしが、絶域に功を建つるも、何の益かあるべきと言て、書籍分捕して歸朝せり。兼續と、前田慶次郎利大と、兩人評を加へし宋板の史記、今に至り上杉氏の學校に存せりと云ふ。又慶長五年、僧承兌に報ずるの書、家康の怒には觸れしかども、然れども其書飽滿抗壯にして、少しも窒塞の最なかりけり。其文事を善くすること、率ね見るべし。

現代語訳

兼続はある日、安田順易の家に行ったところ、ちょうど朝食の時で、すぐに出てこなかったことを順易が詫びたので、兼続は、ふだん何を召し上がっているのかと問うた。順易が、蓼と塩で食べておりますと答えると、兼続は、塩だけで事足りるのに、蓼まで添えるのはいわれのないことだ、と言ったという。 兼続は武事に熟達しただけでなく、かねて和歌・詩文にも優れていた。「織女惜別」という題で、七夕の二つの星が年を隔てて会うことをなぜ恨むのか、今夜は寝床を並べて胸のふさぎを晴らす、ささやきが終わらないうちにまず涙がこぼれ、枕のもとでは夜明けの鐘が鳴る、また春の雁は私に似て、私は雁に似ている、洛陽の城中で、花に背いて帰ってゆく、といった句がある。また五臣注の文選は兼続が出版したものである。また朝鮮出兵の役で兼続は渡海したが、遠い異域で功を立てても何の益があろうかと言って、書籍を分捕って帰国した。兼続と前田慶次郎利大の両人が評を加えた宋板の史記は、今に至るまで上杉氏の学校に存するという。また慶長五年、僧承兌に答えた書は家康の怒りに触れたが、その書は気力満ち意気盛んで、少しも詰まったところがなかった。その文事に優れていたことは、おおむね見るべきである。

解説

前半は、塩だけで足りるのに蓼まで添えるのは無用だという、質素を旨とする兼続の言い草です。後半は、武辺一辺倒ではなく、詩文を作り、書物を出版し、戦地でも書籍を持ち帰った学問好きの一面を伝えます。上杉氏の学校に伝わる宋板の史記に書き入れがあるという記述もあります。実利と教養を両立させる人物像は、現代の経営者や管理職にとっても参考になります。仕事の合間にどんな書物と向き合うかが、判断の厚みを左右します。ただし逸話の細部の確かさは定かではありません。
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この章句が説くこと

質素蓼と塩文事五臣注文選宋板史記学問

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