名将言行録 / 『名将言行録』上杉景勝 罪人の葬りを丁重に
○十四年五月、景勝上京の時、敦賀にて、河田攝津守罪ありければ、之を誅せしが葬禮結構に營み、景勝出て焼香して曰く、天道は一人の爲めに曲げずとあれば、箇樣に申付ること大將の法是非なきことなり、然りと雖も、年來の軍功に依て、禮儀として景勝是まで來れりと、生者に言ふが如し。河田が家來は皆斬り死せり。又與力の者共は直江が陣所に居て、一人も出合はず、景勝の恩を受け候へば、其場に出るは不義なりと、理非を吟味すること尤もなりとて、感稱せしに依て、河田與力の者共、涙を流して忝く思ひけり。上方の人々之を傳聞て、彌々上杉家を□上に奥深く思ひしとぞ。
新字:○十四年五月、景勝上京の時、敦賀にて、河田摂津守罪ありければ、之を誅せしが葬礼結構に営み、景勝出て焼香して曰く、天道は一人の為めに曲げずとあれば、箇様に申付ること大将の法是非なきことなり、然りと雖も、年来の軍功に依て、礼儀として景勝是まで来れりと、生者に言ふが如し。河田が家来は皆斬り死せり。又与力の者共は直江が陣所に居て、一人も出合はず、景勝の恩を受け候へば、其場に出るは不義なりと、理非を吟味すること尤もなりとて、感称せしに依て、河田与力の者共、涙を流して忝く思ひけり。上方の人々之を伝聞て、弥々上杉家を□上に奥深く思ひしとぞ。
書き下し
○十四年五月、景勝上京の時、敦賀にて、河田攝津守罪ありければ、之を誅せしが葬禮結構に營み、景勝出て焼香して曰く、天道は一人の爲めに曲げずとあれば、箇樣に申付ること大將の法是非なきことなり、然りと雖も、年來の軍功に依て、禮儀として景勝是まで來れりと、生者に言ふが如し。河田が家來は皆斬り死せり。又與力の者共は直江が陣所に居て、一人も出合はず、景勝の恩を受け候へば、其場に出るは不義なりと、理非を吟味すること尤もなりとて、感稱せしに依て、河田與力の者共、涙を流して忝く思ひけり。上方の人々之を傳聞て、彌々上杉家を□上に奥深く思ひしとぞ。
現代語訳
○十四年五月、景勝が上京する時、敦賀で、河田摂津守に罪があったので、これを誅したが、葬礼を丁重に営み、景勝が出て焼香して言った。天道は一人のために曲げないというから、このように申し付けることは大将の法であって、是非もないことである。しかしながら、年来の軍功によって、礼儀として景勝はここまで来たのである、と、生きている者に言うように語った。河田の家来は皆斬り死にした。また与力の者どもは、直江の陣所にいて、一人も出てこず、景勝の恩を受けているのだから、その場に出るのは不義であると言い、理非を吟味することはもっともであると称賛されたので、河田の与力の者どもは、涙を流してありがたく思った。上方の人々はこれを伝え聞いて、ますます上杉家を□上に奥深く思ったという。
解説

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