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益軒家訓 / 幼児須教

一凡我子孫たらんもの、一生の心法眞實にして私曲なく、人に愛敬有て、忿を懲し慾を窒ぎ、善に移り過を改め、常に天道を恐れ敬ふべし。必おろそかに侮る事なかれ。人の一生の勤は、唯天道に仕へ奉るべきなり。天理は學問して知るべし。又正敷神明を敬ふべし。神に諂ひ瀆して、猥に幸福を求むる事なかれ。神は非禮をうけ給はねば、道なくて幸を祈るに、必驗なし。人の義を務めずして神に求むるは、神の御心に違ひ、助なくて責あり。いたつて愚なるなり。或云、心だに誠の道にかなひなば、祈らずとても神や守らん。

新字:一凡我子孫たらんもの、一生の心法真実にして私曲なく、人に愛敬有て、忿を懲し慾を窒ぎ、善に移り過を改め、常に天道を恐れ敬ふべし。必おろそかに侮る事なかれ。人の一生の勤は、唯天道に仕へ奉るべきなり。天理は学問して知るべし。又正敷神明を敬ふべし。神に諂ひ瀆して、猥に幸福を求むる事なかれ。神は非礼をうけ給はねば、道なくて幸を祈るに、必験なし。人の義を務めずして神に求むるは、神の御心に違ひ、助なくて責あり。いたつて愚なるなり。或云、心だに誠の道にかなひなば、祈らずとても神や守らん。

書き下し

一凡我子孫たらんもの、一生の心法真実にして私曲なく、人に愛敬有て、忿を懲し慾を窒ぎ、善に移り過を改め、常に天道を恐れ敬ふべし。必おろそかに侮る事なかれ。人の一生の勤は、唯天道に仕へ奉るべきなり。天理は学問して知るべし。又正敷神明を敬ふべし。神に諂ひ瀆して、猥に幸福を求むる事なかれ。神は非礼をうけ給はねば、道なくて幸を祈るに、必験なし。人の義を務めずして神に求むるは、神の御心に違ひ、助なくて責あり。いたつて愚なるなり。或云、心だに誠の道にかなひなば、祈らずとても神や守らん。

現代語訳

およそ私の子孫となる者は、一生の心の持ち方を真実にして曲がったところがなく、人に愛と敬いをもって接し、怒りを抑え欲をふさぎ、善に移り過ちを改め、常に天の道を恐れ敬うべきです。決しておろそかにしたり侮ったりしてはなりません。人の一生の務めは、ただ天の道にお仕え申し上げることです。天の理は学問して知るべきです。また正しく神を敬うべきです。神にへつらい、けがして、みだりに幸福を求めてはなりません。神は礼にかなわないことをお受けにならないので、道にかなわないまま幸いを祈っても、決して験はありません。人としての義を務めずに神に求めるのは、神の御心に背くことで、助けはなく責めがあります。まことに愚かなことです。ある人の歌に、「心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らん(心さえ誠の道にかなっていれば、祈らなくても神は守ってくださるだろう)」とあります。

解説

子孫に求める一生の心の持ち方を示し、天道を敬うことと、神への正しい向き合い方を説いています。怒りを抑え欲をふさぐ(懲忿窒欲)は易経の損卦の象伝、善に移り過ちを改める(遷善改過)は益卦の象伝に見える言葉です。最後の歌は菅原道真の作と伝えられるもので、自分の務めを果たさずに神頼みをしても無駄だという考えを端的に表しています。益軒は信仰を否定せず、まず人としてなすべきことをせよと言います。努力を省いて幸運だけを願う心への戒めは、今も通じるものです。

この章句が説くこと

天道神誠欲敬う

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