名将言行録 / 『名将言行録』上杉景勝 必勝の理を聞かせる
偖又某に仰付られたる相備の人々疲勞仕りしに付て、備を立替よとの仰、一向領掌仕り難く候、左候はゞ、昨日にこそ御定めあるべき所に、早や既に敵と指向ひ候其上、此勢を以てこそ、昨日信吉も打勝て候へ、其旗先までも敵能く見屆くべければ、只今眞先に向ふ勢は、昨日杉原にて打勝ちし者共なりと、恐怖し、治長勢彌々氣を失ひ候べし、是味方勝利の媒なり、只兎に角に、某右の御先を仕り、敵兵悉く切崩し候べし、杉原へ信吉が一備を以て仰付られし御遠慮の如く、今日も某が一備計りにて仕るべく候と、潔くも返事を申ければ、兩使馳歸て、此由を具に演る。景勝悦喜淺からず小倉が申條理に當れり、勇あり智ありとて、其望に任せければ、諸勢此勝利の道理を聞て、又今日の合戰も敵に打勝んこと疑ひなしと喜び勇むこと限りなし。小倉が相備の者共も必勝の理を得心して、高名して、恩賞に預からんと勇まざるはなかりけり。是は景勝、治長必ず出張するならんと、昨日より察せしかば、武功の治長なる故、一術なくては叶ふ間敷とて、小倉を密に呼びて敵の樣子使者の返答抔悉く言含める。是必ず勝べき理を諸勢に聞かしめんが爲めの謀なり。
新字:偖又某に仰付られたる相備の人々疲労仕りしに付て、備を立替よとの仰、一向領掌仕り難く候、左候はゞ、昨日にこそ御定めあるべき所に、早や既に敵と指向ひ候其上、此勢を以てこそ、昨日信吉も打勝て候へ、其旗先までも敵能く見届くべければ、只今真先に向ふ勢は、昨日杉原にて打勝ちし者共なりと、恐怖し、治長勢弥々気を失ひ候べし、是味方勝利の媒なり、只兎に角に、某右の御先を仕り、敵兵悉く切崩し候べし、杉原へ信吉が一備を以て仰付られし御遠慮の如く、今日も某が一備計りにて仕るべく候と、潔くも返事を申ければ、両使馳帰て、此由を具に演る。景勝悦喜浅からず小倉が申条理に当れり、勇あり智ありとて、其望に任せければ、諸勢此勝利の道理を聞て、又今日の合戦も敵に打勝んこと疑ひなしと喜び勇むこと限りなし。小倉が相備の者共も必勝の理を得心して、高名して、恩賞に預からんと勇まざるはなかりけり。是は景勝、治長必ず出張するならんと、昨日より察せしかば、武功の治長なる故、一術なくては叶ふ間敷とて、小倉を密に呼びて敵の様子使者の返答抔悉く言含める。是必ず勝べき理を諸勢に聞かしめんが為めの謀なり。
書き下し
偖又某に仰付られたる相備の人々疲勞仕りしに付て、備を立替よとの仰、一向領掌仕り難く候、左候はゞ、昨日にこそ御定めあるべき所に、早や既に敵と指向ひ候其上、此勢を以てこそ、昨日信吉も打勝て候へ、其旗先までも敵能く見屆くべければ、只今眞先に向ふ勢は、昨日杉原にて打勝ちし者共なりと、恐怖し、治長勢彌々氣を失ひ候べし、是味方勝利の媒なり、只兎に角に、某右の御先を仕り、敵兵悉く切崩し候べし、杉原へ信吉が一備を以て仰付られし御遠慮の如く、今日も某が一備計りにて仕るべく候と、潔くも返事を申ければ、兩使馳歸て、此由を具に演る。景勝悦喜淺からず小倉が申條理に當れり、勇あり智ありとて、其望に任せければ、諸勢此勝利の道理を聞て、又今日の合戰も敵に打勝んこと疑ひなしと喜び勇むこと限りなし。小倉が相備の者共も必勝の理を得心して、高名して、恩賞に預からんと勇まざるはなかりけり。是は景勝、治長必ず出張するならんと、昨日より察せしかば、武功の治長なる故、一術なくては叶ふ間敷とて、小倉を密に呼びて敵の樣子使者の返答抔悉く言含める。是必ず勝べき理を諸勢に聞かしめんが爲めの謀なり。
現代語訳
さらに、私に仰せ付けられた相備えの人々が疲労しているので、備えを立て替えよとの仰せ、まったく承知いたしかねます。そうするなら昨日こそお定めになるべきところ、早くもすでに敵と向かい合っているうえ、この勢をもって昨日は信吉も打ち勝ちました。その旗先まで敵はよく見届けるでしょうから、ただ今真っ先に向かう勢は昨日杉原で打ち勝った者どもだと恐れ怖がり、治長の勢はいよいよ気を失うでしょう。これは味方の勝利のもとです。とにもかくにも、私が右の御先を仕り、敵兵をことごとく切り崩しましょう。杉原へ信吉の一備えだけで仰せ付けられた御遠慮のとおり、今日も私の一備えだけで行いましょうと、潔く返事を申し上げたので、両使は馳せ帰って、このことを詳しく述べた。景勝は喜ぶこと浅からず、小倉の申すことは道理にかなっている、勇があり智があると言って、その望みに任せたので、諸勢はこの勝利の道理を聞いて、また今日の合戦も敵に打ち勝つことは疑いないと喜び勇むこと限りなかった。小倉の相備えの者どもも必勝の理を得心して、高名して恩賞に預かろうと勇まない者はなかった。これは景勝が、治長が必ず出張するだろうと昨日から察していたので、武功の治長であるから、一つの術がなくてはかなうまいと、小倉を密かに呼んで、敵の様子や使者への返答など、ことごとく言い含めたのである。これは必ず勝てるという理を諸勢に聞かせようとするための謀である。
解説

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