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名将言行録 / 『名将言行録』眞田昌幸 碁を止めて放つ馬の計

此時に當て敵既に二の丸に近づく比、昌幸令して煙を揚け城外の兵に示し、關の聲を發し、自ら千餘の退兵を率ゐて突戰し、椿山、海野、鴫田口三方より一時に馳出で、時田、高月は奇兵と成て橫擊す。敵兵大に敗れ退んとするに、橫路の柵に遮られ、死する者甚だ多し。本道漸くにして崩れ走りける。時に砥石、矢澤兩城の士及び、小野山の鄕人等煙の發るを見、關の聲の發するを聞き、何れも急に馳來る。敵前後の兵に當らんと備を返す。谷々嶺々の伏兵紙旗を建て鳥銃を發し、橫より擊つ。敵防ぎ支ふること能はず敗績す、昌幸勝に乗りて追擊つこと甚だ急なり。此時討取る所の首三百五十、我兵死する者二十一人、昌幸益々進み擊つ。信幸も砥石の兵も尾擊し、大に之を敗る。城より僅五六町の間、又敵を討取ること三百人なりとぞ。果して家康の言の如し。 ○此役や、昌幸禰津長右衞門と、碁を圍み居たりしが敵城際に著たりと告ければ、昌幸碁を止め、湯漬を食し、兼ねて悍強の馬五十匹に鎗長刀を結付け、武者溜りに繋ぎ置きしを、敵大手の橋際まで押詰めしを待ち、門を開かせ、此馬共を叩き立て、敵中へ追入れ、續て兵士五六百人、鎗先を揃て突掛る。馬はいれて一文字に馳入り、堅橫に敵中を馳廻るに依り、亂れ立ちしをなほ突立られて、流石の德川勢、一溜もせず敗走せり。

新字:此時に当て敵既に二の丸に近づく比、昌幸令して煙を揚け城外の兵に示し、関の声を発し、自ら千余の退兵を率ゐて突戦し、椿山、海野、鴫田口三方より一時に馳出で、時田、高月は奇兵と成て横撃す。敵兵大に敗れ退んとするに、横路の柵に遮られ、死する者甚だ多し。本道漸くにして崩れ走りける。時に砥石、矢沢両城の士及び、小野山の郷人等煙の発るを見、関の声の発するを聞き、何れも急に馳来る。敵前後の兵に当らんと備を返す。谷々嶺々の伏兵紙旗を建て鳥銃を発し、横より撃つ。敵防ぎ支ふること能はず敗績す、昌幸勝に乗りて追撃つこと甚だ急なり。此時討取る所の首三百五十、我兵死する者二十一人、昌幸益々進み撃つ。信幸も砥石の兵も尾撃し、大に之を敗る。城より僅五六町の間、又敵を討取ること三百人なりとぞ。果して家康の言の如し。 ○此役や、昌幸祢津長右衛門と、碁を囲み居たりしが敵城際に著たりと告ければ、昌幸碁を止め、湯漬を食し、兼ねて悍強の馬五十匹に鎗長刀を結付け、武者溜りに繋ぎ置きしを、敵大手の橋際まで押詰めしを待ち、門を開かせ、此馬共を叩き立て、敵中へ追入れ、続て兵士五六百人、鎗先を揃て突掛る。馬はいれて一文字に馳入り、堅横に敵中を馳廻るに依り、乱れ立ちしをなほ突立られて、流石の徳川勢、一溜もせず敗走せり。

書き下し

此時に當て敵既に二の丸に近づく比、昌幸令して煙を揚け城外の兵に示し、關の聲を發し、自ら千餘の退兵を率ゐて突戰し、椿山、海野、鴫田口三方より一時に馳出で、時田、高月は奇兵と成て橫擊す。敵兵大に敗れ退んとするに、橫路の柵に遮られ、死する者甚だ多し。本道漸くにして崩れ走りける。時に砥石、矢澤兩城の士及び、小野山の鄕人等煙の發るを見、關の聲の發するを聞き、何れも急に馳來る。敵前後の兵に當らんと備を返す。谷々嶺々の伏兵紙旗を建て鳥銃を發し、橫より擊つ。敵防ぎ支ふること能はず敗績す、昌幸勝に乗りて追擊つこと甚だ急なり。此時討取る所の首三百五十、我兵死する者二十一人、昌幸益々進み擊つ。信幸も砥石の兵も尾擊し、大に之を敗る。城より僅五六町の間、又敵を討取ること三百人なりとぞ。果して家康の言の如し。 ○此役や、昌幸禰津長右衞門と、碁を圍み居たりしが敵城際に著たりと告ければ、昌幸碁を止め、湯漬を食し、兼ねて悍強の馬五十匹に鎗長刀を結付け、武者溜りに繋ぎ置きしを、敵大手の橋際まで押詰めしを待ち、門を開かせ、此馬共を叩き立て、敵中へ追入れ、續て兵士五六百人、鎗先を揃て突掛る。馬はいれて一文字に馳入り、堅橫に敵中を馳廻るに依り、亂れ立ちしをなほ突立られて、流石の德川勢、一溜もせず敗走せり。

現代語訳

このとき、敵の城に近づく頃、昌幸は合図を出して煙を揚げ、城外の兵に示し、関の声を発し、自ら千余りの退く兵を率いて突き戦い、椿山、海野、鴫田口の三方から一時に駆け出し、時田・高月は奇兵となって横から撃ちました。敵兵は大いに敗れ、退こうとしましたが、横路の柵に遮られ、死ぬ者が非常に多くありました。本道をようやく崩れ走りました。そのとき、砥石・矢沢の両城の士および小野山の郷人らは、煙が上がるのを見、関の声が起こるのを聞き、いずれも急ぎ駆けつけてきました。敵は前後の兵に当たろうと備えを返しました。谷々、嶺々の伏兵は紙旗を立て鉄砲を撃ち、横から撃ちました。敵は防ぎ支えることができず敗北しました。昌幸は勝ちに乗って追い撃つこと甚だ急でした。このとき討ち取った首は三百五十、我が兵の死者は二十一人でした。昌幸はますます進んで撃ち、信幸も砥石の兵も尾を撃ち、大いにこれを破りました。城からわずか五、六町の間にまた敵を三百人討ち取ったと言われます。はたして家康の言葉のとおりになりました。 この戦いのとき、昌幸が禰津長右衛門と碁を囲んでいたところ、敵が城際に着いたと告げられたので、昌幸は碁を止め、湯漬けを食べ、かねて悍馬五十匹に槍や長刀を結び付け、武者溜まりに繋いでおいたのを、敵が大手の橋際まで押し詰めたのを待って、門を開かせ、この馬たちを叩き立てて敵中へ追い入れ、続いて兵士五、六百人が槍先を揃えて突っかかりました。馬は入って一文字に駆け入り、縦横に敵中を駆け回ったので、乱れ立ったところをなお突き立てられて、さすがの徳川勢も一たまりもなく敗走しました。

解説

上田の戦いで、合図の煙を合図に三方から一斉に反撃に出た様子と、碁を止めて食事をとり、槍と長刀を結んだ馬を放った逸話を載せる章句です。事前に決めた合図で別々の部隊が動き、敵が前後に気を取られて崩れるという構図は、準備と同期の効果を示します。また、敵が迫っても碁を囲み、湯漬けを食べて動じないという描写は、備えがあるからこそ落ち着けるという読み方ができます。討ち取った数などの数字は、後世の記録に基づく語りで、そのまま史実の断定はできません。
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この章句が説くこと

真田昌幸上田の戦い合図同期備え落ち着き

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