名将言行録 / 『名将言行録』馬場信房 功名の分け方と専門外の笑い
○信房曰く、放討の時、切結びし節に、別人脇より討て之を殺さば、定めて殺したる人、之を討しと言はん、去れども是は非がことゝなり。其故は人の寄り衆ぬるを、拔出て掛る心は勝れたり、其上人の切合ふ所へ、横或は後より掛りては、掛りよからん、去れば切合ふ者の手柄は一にて、殺せし者は二なり。又先へ掛りたればとて、科人に手を負はせずして立退くか、又一二ケ所切付ても、續き出る人に渡して、引込みたらんには、後より出し者一なりと。 ○小山田信茂、信房に向ひ町人は力の強き者計り手柄をすると思ふと見えて、將軍義敎を賦せし赤松左京大夫滿祐を、最屓の町人譽めて書きたる書に、三百人力と書きたりと言て笑へり。信房聞て、去れば侍が商賣の事を談ずるに、左樣の不案内なる事多からん、嘸ぞ町人共笑しく思ひ候ひなん。其道々に寄りて、家の事になきは、取沙汰笑きものなりと言はれけり。
新字:○信房曰く、放討の時、切結びし節に、別人脇より討て之を殺さば、定めて殺したる人、之を討しと言はん、去れども是は非がことゝなり。其故は人の寄り衆ぬるを、抜出て掛る心は勝れたり、其上人の切合ふ所へ、横或は後より掛りては、掛りよからん、去れば切合ふ者の手柄は一にて、殺せし者は二なり。又先へ掛りたればとて、科人に手を負はせずして立退くか、又一二ケ所切付ても、続き出る人に渡して、引込みたらんには、後より出し者一なりと。 ○小山田信茂、信房に向ひ町人は力の強き者計り手柄をすると思ふと見えて、将軍義教を賦せし赤松左京大夫満祐を、最屓の町人誉めて書きたる書に、三百人力と書きたりと言て笑へり。信房聞て、去れば侍が商売の事を談ずるに、左様の不案内なる事多からん、嘸ぞ町人共笑しく思ひ候ひなん。其道々に寄りて、家の事になきは、取沙汰笑きものなりと言はれけり。
書き下し
○信房曰く、放討の時、切結びし節に、別人脇より討て之を殺さば、定めて殺したる人、之を討しと言はん、去れども是は非がことゝなり。其故は人の寄り衆ぬるを、拔出て掛る心は勝れたり、其上人の切合ふ所へ、横或は後より掛りては、掛りよからん、去れば切合ふ者の手柄は一にて、殺せし者は二なり。又先へ掛りたればとて、科人に手を負はせずして立退くか、又一二ケ所切付ても、續き出る人に渡して、引込みたらんには、後より出し者一なりと。 ○小山田信茂、信房に向ひ町人は力の強き者計り手柄をすると思ふと見えて、將軍義敎を賦せし赤松左京大夫滿祐を、最屓の町人譽めて書きたる書に、三百人力と書きたりと言て笑へり。信房聞て、去れば侍が商賣の事を談ずるに、左樣の不案内なる事多からん、嘸ぞ町人共笑しく思ひ候ひなん。其道々に寄りて、家の事になきは、取沙汰笑きものなりと言はれけり。
現代語訳
信房は言いました。放ち討ちのとき、切り結んでいる最中に、別の人が脇から討ってこれを殺したなら、殺した人はきっと自分が討ったと言うだろう。しかしこれは道理に合わないことである。そのわけは、人が寄り集まっている中を抜け出して掛かる心は優れているが、そのうえ人が切り合っているところへ、横や後ろから掛かるのは掛かりやすい。だから切り合った者の手柄が一で、殺した者は二である。また、先に掛かったからといって、咎人に手傷を負わせずに立ち退いたり、一、二か所切りつけても、続いて出る人に渡して引き込んだりしたなら、後から出た者が一である、と。 小山田信茂が信房に向かって、町人は力の強い者だけが手柄をすると思っているようで、将軍義教を殺した赤松左京大夫満祐のことを、贔屓の町人が誉めて書いた書物に、三百人力と書いてあると言って笑いました。信房はこれを聞いて、それなら侍が商売のことを語るときも、そのような不案内なことが多いだろう。さぞ町人たちもおかしく思うだろう。それぞれの道によって、家の事柄を知らないのに口にするのは、取りざたして笑われるものだ、と言いました。
解説

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