文武訓 / 文訓下
一凡わかき人、智なき人、無學なる人、此三品の人は、つゝしんで人を褒めそしるべからず。必ず理にかなはず。ほめそしり理にちがへば、其愚なる事あらはれて恥づべし。一詩文章を知らずして、人の作れる詩文の善惡をほめそしるべからず。手跡をほめそしるも同じ。手跡をしらずして、人の手跡の善惡をほめそしるべからず。
新字:一凡わかき人、智なき人、無学なる人、此三品の人は、つゝしんで人を褒めそしるべからず。必ず理にかなはず。ほめそしり理にちがへば、其愚なる事あらはれて恥づべし。一詩文章を知らずして、人の作れる詩文の善悪をほめそしるべからず。手跡をほめそしるも同じ。手跡をしらずして、人の手跡の善悪をほめそしるべからず。
書き下し
一凡わかき人、智なき人、無学なる人、此三品の人は、つつしんで人を褒めそしるべからず。必ず理にかなはず。ほめそしり理にちがへば、其愚なる事あらはれて恥づべし。一詩文章を知らずして、人の作れる詩文の善悪をほめそしるべからず。手跡をほめそしるも同じ。手跡をしらずして、人の手跡の善悪をほめそしるべからず。
現代語訳
およそ若い人、知恵のない人、学問のない人、この三種の人は、慎んで人を褒めたりそしったりしてはいけません。必ず理にかないません。褒めそしりが理に違えば、その愚かさがあらわれて恥をかくでしょう。詩文章を知らないのに、人の作った詩文の善悪を褒めそしってはいけません。筆跡を褒めそしるのも同じです。筆跡を知らないのに、人の筆跡の善悪を褒めそしってはいけません。
解説
若い人、知恵のない人、学問のない人は人を評するなと戒め、的外れな評価はかえって自分の愚かさをさらすと述べます。さらに詩文や書のように専門の目が要る分野では、知らない者が善悪を論じるなと付け加えます。前条に続き、評価する側の見識を問う教えです。今でも、自分が詳しくない分野の作品や仕事を軽々しく批評すると、評された側よりも評した側の底が見えてしまいます。知らないことには口を慎む謙虚さが信頼を保ちます。
この章句が説くこと
慎み評価謙虚知言葉
関連する章句
-
『文武訓』文訓上之末一何事も、知らぬさましたるぞよき。みづからはわたくしに引かれて、よく知れりと思へど、いまだよく知らぬこと多ければ、わが心にゆるしがたし。よく知らで、知れりとするかほつきなるもにくし。子路の、知らざるを知れりとするは、いつはりて知れりとするにはあらず、わが心にはまことに知れりとおもへど、わが気あらく、心くはしからずして、あやまりてすでに知れりと思へるなり。ひとへにおもへば、まだ知らぬことを、すでによく知れりと思ひあやまること多し。浦の浜木綿の百重なることを思ふべし。
-
論語・八佾篇或るひと禘を問う。子曰く、『知らざるなり。その説を知る者の天下に於けるや、其れ諸を斯に示すが如きか。』と掌を指す。
-
『文武訓』文訓下一不学なる人、或は、書をよんでも粗学なる人は、人の言行の善悪を評論し、又人の作れる詩文章のよしあしを評論すること、多くは理にあたらず。学問なく不智にして、人の是非を評することなかれ。おろかなる人は、事の善悪をしらず、只人のいふことを信じてまよひ、みだりに褒めそしること多し。是非を知らざる人のいふことを信じて迷ひ、みだりに褒めそしるべからず。凡不智にして人の是非をいふことは、理にあたらずひが事多し。又少し書をよんで、みづから是としてわが才智にほこり、人のよしあしを褒めそしることをこのむは、智なきが故なり。
-
『慎思録』巻之五不賢者の稟性や、特に其の行の分数足らざるのみに非ず、其の知も亦分数を欠く。蓋し行の短き所は、其の知も亦足らず。是を以て或いは人の規誨を聞くと雖も信ぜず、亦自ら其の短き所を知ること能はず。此れ知と行と皆足らざるなり。甚だしいかな、気質を変化するの難きや。韓子曰く、学ぶ者各其の性の近き所を得、と。此の言最も是なり。学問力行すと雖も、只他の資質の好き処の上に就きて、些少の好きを添へ得るのみ。是れ知の足らざるが故のみ。此の故に学は公聴博覧、己を舎てて人に従ふを貴ぶ。須らく自ら是とせずして一箇の是当の処を求むべし。徒に己の見を執りて自ら用ふるを貴ばず。是れ知を開くの方なり。
-
『文武訓』文訓上之末一義理の学、文字の学ある人、又文学なくとも、一材一芸に長ずる人にあはば、わが才学と芸能にほこらず、みづからは黙して言はず、只その人の知れることを尋ねて、其言語をつつしんで聞くべし。必ず益あるべし。わが智を先だてて才学にほこり、わが少し知れることをよく知りがほにかたれば、われに益なし。みづからは、才智をあらはさんと思へど、識者のいやしむ所なり。学芸ある人のいへることを聞きてこそ、益あるべけれ。人に言はせずして、我ひとりいはば益あるべからず。又芸ある人にかぎらず、其人の居る処の国土の名所旧跡土産などのこと、又其人の家業のことに附きても、尋ね問ひてよく聴かば、必ず益あるべし。凡人に問ふは智を求むる道なり。
-
『驢鞍橋』卷中師衆に問ふ、没量の大人も語脈裡に転却せらる。此の意会すや。一僧云ふ、未徹の者も、霊利にして名句を吐けば、宗匠も彼に転却せらるゝ儀か。師云はく、不是不是、人を見る事にあらす、随分の人が語には転せらるゝもの也。我此の位の覚あり。時に一僧挨拶して云はく、何を以てか転却を免るゝ事を得ん。師云はく、知らす知らす。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る