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甲陽軍鑑 / 品第十三

それによつて上杉家諸侍百人の內、九十五人は人をそねみいやしむ男おほし、今より廿年さきに都妙心寺に大休和尙とて名知識まします、此和尙の前にて人が人をほむれば、それはしゝたるかと問ひ給ふ、今に存生なると申せば、そこにて大休申し給ふは、ほむる事無用何たるしそこなひあらんことも存ぜずと宣ふ、又或人の人をあしういへば大休問ひ給ふ、其人は死したるかと仰せらるゝ、今にいきてゐると申せば大休宣ふは、譏る事無用、又何たる手抦あらんもしらず、人の善惡は死後にならで申さぬものと大休和尙の常の言葉なりと、策諺和尙信玄公へ物語りし給ふ、

新字:それによつて上杉家諸侍百人の内、九十五人は人をそねみいやしむ男おほし、今より廿年さきに都妙心寺に大休和尚とて名知識まします、此和尚の前にて人が人をほむれば、それはしゝたるかと問ひ給ふ、今に存生なると申せば、そこにて大休申し給ふは、ほむる事無用何たるしそこなひあらんことも存ぜずと宣ふ、又或人の人をあしういへば大休問ひ給ふ、其人は死したるかと仰せらるゝ、今にいきてゐると申せば大休宣ふは、譏る事無用、又何たる手抦あらんもしらず、人の善悪は死後にならで申さぬものと大休和尚の常の言葉なりと、策諺和尚信玄公へ物語りし給ふ、

書き下し

それによつて上杉家諸侍百人の内、九十五人は人をそねみいやしむ男おほし、今より廿年さきに都妙心寺に大休和尚とて名知識まします、此和尚の前にて人が人をほむれば、それはしゝたるかと問ひ給ふ、今に存生なると申せば、そこにて大休申し給ふは、ほむる事無用何たるしそこなひあらんことも存ぜずと宣ふ、又或人の人をあしういへば大休問ひ給ふ、其人は死したるかと仰せらるゝ、今にいきてゐると申せば大休宣ふは、譏る事無用、又何たる手抦あらんもしらず、人の善悪は死後にならで申さぬものと大休和尚の常の言葉なりと、策諺和尚信玄公へ物語りし給ふ、

現代語訳

それによって上杉家の諸侍は百人のうち九十五人は、人を妬みいやしむ男が多い。今から二十年前、都の妙心寺に大休和尚という名知識がおられた。この和尚の前で人が人を褒めると、それは死んだのかとお問いになる。今も存命ですと申せば、そこで大休が言われるには、褒めることは無用、どんなし損ないがあるかもわからないと言われる。また或る人が人を悪く言えば、大休はお問いになる、その人は死んだのかと仰せられる。今も生きていると申せば、大休が言われるには、そしることは無用、またどんな手柄があるかもわからない。人の善悪は死後でなければ言わないものだ、というのが大休和尚の常の言葉であったと、策彦和尚が信玄公へ物語りなさった。

解説

妙心寺の大休和尚は、生きている人を褒めることも、そしることも無用とした。この先どんなし損ないも、どんな手柄もありうるからである。人の評価は棺を覆うまで定まらない、という戒めを策彦和尚が信玄に語った。人を早々に決めつけると、褒めた人の失敗も、けなした人の手柄も見えなくなる。評価はいつも仮のものだと心得て、人を見続ける姿勢を持ちたい。決めつけは、見る目を曇らせる。

この章句が説くこと

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