甲陽軍鑑 / 品第十一
但ぶじの時は人知らす、若は見知たる者自然ありといへ共、不賢の判じ樣には心むさくて其賢人をほめざる故しれす、如此賢人は手抦なしといふてもよきこと二度も三度も有るべし、其外五度·六度手抦をいたしても、賢人なる意地にて我心に先づ等分に思はねば、我と我身を穿鑿仕り、是は譽にて有まじとみがきたてゝ申さるれば、愚人共は是を聞きよき心へいたらねば、あの人も手抦斗りもなし、無手抦もあると批判申せ共、さいふ愚人だちの一本鑓の手抦より、此賢人無手抦は十双倍まし成るべし、
新字:但ぶじの時は人知らす、若は見知たる者自然ありといへ共、不賢の判じ様には心むさくて其賢人をほめざる故しれす、如此賢人は手抦なしといふてもよきこと二度も三度も有るべし、其外五度·六度手抦をいたしても、賢人なる意地にて我心に先づ等分に思はねば、我と我身を穿鑿仕り、是は誉にて有まじとみがきたてゝ申さるれば、愚人共は是を聞きよき心へいたらねば、あの人も手抦斗りもなし、無手抦もあると批判申せ共、さいふ愚人だちの一本鑓の手抦より、此賢人無手抦は十双倍まし成るべし、
書き下し
但ぶじの時は人知らす、若は見知たる者自然ありといへ共、不賢の判じ様には心むさくて其賢人をほめざる故しれす、如此賢人は手抦なしといふてもよきこと二度も三度も有るべし、其外五度·六度手抦をいたしても、賢人なる意地にて我心に先づ等分に思はねば、我と我身を穿鑿仕り、是は誉にて有まじとみがきたてゝ申さるれば、愚人共は是を聞きよき心へいたらねば、あの人も手抦斗りもなし、無手抦もあると批判申せ共、さいふ愚人だちの一本鑓の手抦より、此賢人無手抦は十双倍まし成るべし、
現代語訳
ただし無事の時は人に知られない。もし見知っている者がたまたまあっても、不賢の判じ方は心が卑しくて、その賢人を褒めないから知られない。このような賢人は、手柄なしと言われても、よいことを二度も三度もしているはずである。そのほか五度・六度手柄をしても、賢人の心根で、自分の心にまず十分と思わなければ、我と我が身を穿鑿して「これは誉れではあるまい」と磨き立てて申されるので、愚人どもはこれを聞いても良い心得に至らず、「あの人も手柄ばかりではない、無手柄もある」と批判するけれども、そう言う愚人たちの一本鑓の手柄より、この賢人の無手柄は十倍もまさるであろう。
解説
この章句が説くこと
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