名将言行録 / 『名将言行録』武田信繁 子を戒める九十九条
○信繁人となり、聰明沈毅、謹信周密にして、武略勇威兼ね備はりて、萬夫の望にてぞありける。信繁常に其子を誡めしもの九十九條あり。其一條に、屋形に對し盡未來逆意あるべからずと云。又一條に、屋形より如何樣の由なき御擬作あるとも、述懷すべからずと云。又一條に如何樣御懇切たりとも、御裏向へ節々立入るべからずと云。又一條に眞友たりとも、淫亂雜談爲すべからず、若し人申掛ば、目立ざる様に其座を立つべしと云。其恭敬篤實、奉ね是類なり。斯りければ、乘顏和尚の文に、信繁有レ文有レ武有レ禮有レ義と誌せり。
新字:○信繁人となり、聰明沈毅、謹信周密にして、武略勇威兼ね備はりて、万夫の望にてぞありける。信繁常に其子を誡めしもの九十九条あり。其一条に、屋形に対し尽未来逆意あるべからずと云。又一条に、屋形より如何様の由なき御擬作あるとも、述懐すべからずと云。又一条に如何様御懇切たりとも、御裏向へ節々立入るべからずと云。又一条に真友たりとも、淫乱雑談為すべからず、若し人申掛ば、目立ざる様に其座を立つべしと云。其恭敬篤実、奉ね是類なり。斯りければ、乗顔和尚の文に、信繁有レ文有レ武有レ礼有レ義と誌せり。
書き下し
○信繁人となり、聰明沈毅、謹信周密にして、武略勇威兼ね備はりて、萬夫の望にてぞありける。信繁常に其子を誡めしもの九十九條あり。其一條に、屋形に對し盡未來逆意あるべからずと云。又一條に、屋形より如何樣の由なき御擬作あるとも、述懷すべからずと云。又一條に如何樣御懇切たりとも、御裏向へ節々立入るべからずと云。又一條に眞友たりとも、淫亂雜談爲すべからず、若し人申掛ば、目立ざる様に其座を立つべしと云。其恭敬篤實、奉ね是類なり。斯りければ、乘顏和尚の文に、信繁有レ文有レ武有レ禮有レ義と誌せり。
現代語訳
信繁は人となりが聡明で沈着剛毅、慎み深く周到で、武略と勇威を兼ね備え、多くの人の期待を集めていました。信繁がいつもその子を戒めたものに九十九か条があります。その一条に、「屋形に対して、未来永劫、逆意があってはならない」とあります。また一条に、「屋形からどのような理由のない御拵えがあっても、述懐してはならない」とあります。また一条に、「どれほど懇切にされても、御裏向きへ時々立ち入ってはならない」とあります。また一条に、「真の友であっても、淫乱な雑談をしてはならない。もし人が言いかけたら、目立たないようにその座を立て」とあります。その恭敬と篤実は、おおよそこのとおりでした。そのため、乗顔和尚の文に、「信繁には文があり、武があり、礼があり、義がある」と記されています。
解説

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