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名将言行録 / 『名将言行録』武田信繁 わざと小勢に見せる

○天文十一年三月、村上義清、諏訪頼茂、木曾義高、小笠原長時等の四將、晴信を伐んとす。此事甲府へ聞えければ、諸將打寄り詮議す。時に信繁曰く、先づ甲斐一國の軍勢を甲府に召集めて、御館の堀を廣ろけ、櫓を揚げられ、城普請をし給ふべし。然らば敵之を傳へ聞きて、武田方には小勢なるを以て、大敵を怖れ、籠城の支度するぞと思ひ、只うか/\と押寄すべし、敵を半途に誘引出し、其不意を急に攻撃なば、必ず味方の勝利にて候はんと。晴信如何にもとありて、信繁の謀に從ふ。敵之を聞き、大に喜び、果して油斷しければ、晴信其虛を覘て、擧て大に之を敗れり。瀨澤の役是なり。 ○河中島の役、信繁八百の兵を以て、越後勢三千と戰ひ、備亂れず、法制嚴然たり。信繁敵味方の様子を見て、克つべからざるを知り、保侶を臺に上げしさり口を乘りて、終に押付を敵に見せずして戰死せり。天晴潔き體、古今稀なりと言て、敵も味方も感歎せざるはなかりけり。信繁常に曰く、我は屋形の厚恩の者なれば、屋形の大事と言はん時は、眞先に進みて討死をせんと兼て言ひしが、果して其言の如し。

新字:○天文十一年三月、村上義清、諏訪頼茂、木曽義高、小笠原長時等の四将、晴信を伐んとす。此事甲府へ聞えければ、諸将打寄り詮議す。時に信繁曰く、先づ甲斐一国の軍勢を甲府に召集めて、御館の堀を広ろけ、櫓を揚げられ、城普請をし給ふべし。然らば敵之を伝へ聞きて、武田方には小勢なるを以て、大敵を怖れ、籠城の支度するぞと思ひ、只うか/\と押寄すべし、敵を半途に誘引出し、其不意を急に攻撃なば、必ず味方の勝利にて候はんと。晴信如何にもとありて、信繁の謀に従ふ。敵之を聞き、大に喜び、果して油断しければ、晴信其虚を覘て、挙て大に之を敗れり。瀨沢の役是なり。 ○河中島の役、信繁八百の兵を以て、越後勢三千と戦ひ、備乱れず、法制厳然たり。信繁敵味方の様子を見て、克つべからざるを知り、保侶を台に上げしさり口を乗りて、終に押付を敵に見せずして戦死せり。天晴潔き体、古今稀なりと言て、敵も味方も感嘆せざるはなかりけり。信繁常に曰く、我は屋形の厚恩の者なれば、屋形の大事と言はん時は、真先に進みて討死をせんと兼て言ひしが、果して其言の如し。

書き下し

○天文十一年三月、村上義清、諏訪頼茂、木曾義高、小笠原長時等の四將、晴信を伐んとす。此事甲府へ聞えければ、諸將打寄り詮議す。時に信繁曰く、先づ甲斐一國の軍勢を甲府に召集めて、御館の堀を廣ろけ、櫓を揚げられ、城普請をし給ふべし。然らば敵之を傳へ聞きて、武田方には小勢なるを以て、大敵を怖れ、籠城の支度するぞと思ひ、只うか/\と押寄すべし、敵を半途に誘引出し、其不意を急に攻撃なば、必ず味方の勝利にて候はんと。晴信如何にもとありて、信繁の謀に從ふ。敵之を聞き、大に喜び、果して油斷しければ、晴信其虛を覘て、擧て大に之を敗れり。瀨澤の役是なり。 ○河中島の役、信繁八百の兵を以て、越後勢三千と戰ひ、備亂れず、法制嚴然たり。信繁敵味方の様子を見て、克つべからざるを知り、保侶を臺に上げしさり口を乘りて、終に押付を敵に見せずして戰死せり。天晴潔き體、古今稀なりと言て、敵も味方も感歎せざるはなかりけり。信繁常に曰く、我は屋形の厚恩の者なれば、屋形の大事と言はん時は、眞先に進みて討死をせんと兼て言ひしが、果して其言の如し。

現代語訳

天文十一年三月、村上義清、諏訪頼茂、木曾義高、小笠原長時ら四将が、晴信を討とうとしました。この知らせが甲府に聞こえると、諸将が集まって評議しました。そのとき信繁は言いました。「まず甲斐一国の軍勢を甲府に召し集めて、お館の堀を広げ、櫓を上げ、城の普請をなさるのがよいでしょう。そうすれば敵はこれを伝え聞いて、武田方は小勢なので大敵を恐れ、籠城の支度をしているのだと思い、ただうかうかと押し寄せるはずです。敵を半途に誘い出して、その不意を急に攻撃すれば、必ず味方の勝利となりましょう」。晴信は「いかにも」と言い、信繁の謀に従いました。敵はこれを聞いて大いに喜び、果たして油断したので、晴信はその虚を衝いて、全軍を挙げて大いに敵を破りました。瀬沢の戦いがこれです。 河中島の戦いで、信繁は八百の兵で越後勢三千と戦い、備えは乱れず、法制は厳然としていました。信繁は敵味方の様子を見て、勝てないことを悟り、保侶を台に上げた去り口を乗り切って、ついに押し付けを敵に見せずに戦死しました。天晴れ潔い様子は古今に稀だと言って、敵も味方も感嘆しない者はなかったということです。信繁はいつも言いました。「私は屋形の厚恩を受けた者なので、屋形の大事というときは、真っ先に進んで討ち死にをすると、かねて言っていたが、果たしてその言葉のとおりである」と。

解説

小勢に見せかけて敵を誘い出す策と、河中島での最期の二つの話です。岡谷繁実が集めたもので、そう語られる話として読みます。前半は、自軍の弱さを相手に見せて油断を誘う逆手の発想です。後半は、勝てないと悟っても備えを乱さず、最後まで統率を保った様子を、敵味方が称えたと語られます。戦死を美化する調子は避けるべきですが、危機の中でも体制を崩さない指揮と、日頃の言葉と行動が一致していたという点は、現代の責任ある立場の姿に通じます。
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この章句が説くこと

信繁策油断河中島備え統率

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