名将言行録 / 『名将言行録』武田晴信 友を送った新参
○晴信、故ありて庵原某を放逐す。其友關甚五兵衞、家財雜具等を片付け、立退く手傳して遣はしける。是を目付の者、見咎め、甚五兵衞に向ひ、御自分には新參衆故、御家風を存ぜられず、見送り合力抔せられ候と相見え候、是は御自分の御爲めに甚だ宜しからず候間、御無用に候、御不案內のことなれば、上へは申上間敷候間、早々御歸り候へと敎へければ、甚五兵衞曰く、我等は朋友の儀なれば、見繼遣はし候、自分の爲めに宜しからず候は少しも苦しからずとて、猶十分に世話し、剩へ諏訪まで送り遣はしける。晴信斯くと聞て、甚五兵衞を呼出し、其方こと我家の法度に背き、懇意の親みを以て、見送り合力致し候程ならば、嘸ぞ晴信が爲めに、忠節を盡すべし、新參なれども賴母敷思ふなり、彌々忠勤を抽で候へと言て、百貫の加恩にて、二百貫に申付け、足輕を預けたり。偖此以後は、右の見送り合力を致し候はゞ、罪に行ふべしと下知せり。
新字:○晴信、故ありて庵原某を放逐す。其友関甚五兵衛、家財雑具等を片付け、立退く手伝して遣はしける。是を目付の者、見咎め、甚五兵衛に向ひ、御自分には新参衆故、御家風を存ぜられず、見送り合力抔せられ候と相見え候、是は御自分の御為めに甚だ宜しからず候間、御無用に候、御不案内のことなれば、上へは申上間敷候間、早々御帰り候へと教へければ、甚五兵衛曰く、我等は朋友の儀なれば、見継遣はし候、自分の為めに宜しからず候は少しも苦しからずとて、猶十分に世話し、剰へ諏訪まで送り遣はしける。晴信斯くと聞て、甚五兵衛を呼出し、其方こと我家の法度に背き、懇意の親みを以て、見送り合力致し候程ならば、嘸ぞ晴信が為めに、忠節を尽すべし、新参なれども頼母敷思ふなり、弥々忠勤を抽で候へと言て、百貫の加恩にて、二百貫に申付け、足軽を預けたり。偖此以後は、右の見送り合力を致し候はゞ、罪に行ふべしと下知せり。
書き下し
○晴信、故ありて庵原某を放逐す。其友關甚五兵衞、家財雜具等を片付け、立退く手傳して遣はしける。是を目付の者、見咎め、甚五兵衞に向ひ、御自分には新參衆故、御家風を存ぜられず、見送り合力抔せられ候と相見え候、是は御自分の御爲めに甚だ宜しからず候間、御無用に候、御不案內のことなれば、上へは申上間敷候間、早々御歸り候へと敎へければ、甚五兵衞曰く、我等は朋友の儀なれば、見繼遣はし候、自分の爲めに宜しからず候は少しも苦しからずとて、猶十分に世話し、剩へ諏訪まで送り遣はしける。晴信斯くと聞て、甚五兵衞を呼出し、其方こと我家の法度に背き、懇意の親みを以て、見送り合力致し候程ならば、嘸ぞ晴信が爲めに、忠節を盡すべし、新參なれども賴母敷思ふなり、彌々忠勤を抽で候へと言て、百貫の加恩にて、二百貫に申付け、足輕を預けたり。偖此以後は、右の見送り合力を致し候はゞ、罪に行ふべしと下知せり。
現代語訳
晴信はある理由で庵原某を追放しました。その友である関甚五兵衛は、家財や道具などを片付け、立ち退くのを手伝ってやりました。これを目付の者が見とがめ、甚五兵衛に向かって、「あなたは新参の方なので、当家の家風をご存じないのでしょう。見送りや助力などをされているようにお見受けします。これはあなたのためにたいへん良くありません。お止めください。ご存じなかったことなので、上へは申し上げません。早々にお帰りなさい」と教えました。甚五兵衛は言いました。「私たちは友人の間柄ですから、見送って助けているのです。自分のために良くなくても少しも構いません」。そうして、なお十分に世話をし、そのうえ諏訪まで送り届けました。晴信はこれを聞いて甚五兵衛を呼び出し、「その方は私の家の法度に背いたが、親しい情けから見送りや助力をしたほどなら、さぞ私のために忠節を尽くすだろう。新参ではあるが頼もしく思う。いよいよ忠勤に励め」と言って、百貫の加恩を与えて二百貫にし、足軽を預けました。そしてこの後は、このように見送りや助力をしたなら、罪に処すと命じました。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
孫子・九地篇法に無きの賞を施し、政に無きの令を懸く。三軍の衆を犯すこと、一人を使うが若し。之を犯すに事を以てし、告ぐるに言を以てすること勿かれ。之を犯すに利を以てし、告ぐるに害を以てすること勿かれ。
-
『呻吟語』外篇・廣喻・萬事必ず故有り鎖鑰は各おの合ふ有り。合へば則ち開き、合はざれば則ち開かず。亦た合ひて開かざる者有り。必ず合ひて開かざる所以の故有らん。亦た終日開くも、偶然に抵死開かざる有り。必ず偶然に開かざる所以の故有らん。萬事必ず故有り。萬事に應ずるには必ず其の故を求む。
-
『呻吟語』内篇・應務・損損する無く、益益する無し損を損する無く、益を益する無く、通を通する無く、塞を塞する無し。此れ天地の道を調へ、人物の宜しきを理むるなり。然れども人君の自ら奉ずるは損を損するに嫌ひ無く、百姓に於ては益を益するに嫌ひ無し。君子の理路を擴むるは通を通するに嫌ひ無く、欲竇を杜ぐは塞を塞するに嫌ひ無し。
-
『新書』淮難竊かに恐る、陛下淮南の子に接王するに、曾て臣の如き者と孰れも之を計らざらんことを。淮南王来たりて入り赴く。□□□□□□千乗の君、陛下為に頓顙して皇太后の前に謝罪す、淮南王曾て譙讓せず、敷留の罪身に加わる者無し。舎人の横制、等室の門にて、陛下追いて之を赦し、吏曾て捕えず。王天子の国に人りて横行し辜無くして譴め無く、乃ち美人を賜い、多く黄金を載せて帰る。侯邑の其の国に在る者畢く之を他所に徙す。陛下の淮南王に於けるや薄しと謂う可からず。然れども淮南王、天子の法を咫蹂促して用いず、皇帝の令を咫批傾して行わず、天下孰か知らざる。天子功臣の識有る者を選び、以て之が相吏と為すに、王堇ぞ踏蹴して逐うのみ、病と称して走らざる者無し、天下孰か知らざる。日びに怨言を接持して以て陛下の為を誹謗し、皇太后の饋賜は逆抑して受けず、天子の使者詔を奉ずるも見ゆるを得ず、僵臥して以て詔書を発く、天下孰か知らざる。罪人奇狡の少年、通棧奇の徒、啓章らを聚めて東帝たらんと謀る、天下孰か知らざる。
-
『墨子』尚賢中然らば則ち親しくして不善なるに以て其の罰を得たる者は誰ぞや。曰く、昔者の伯鯀の若き、帝の元子にして、帝の徳庸を廢す。既にして乃ち之を羽の郊に刑し、乃ち熱照も及ぶこと有る無し。帝も亦た愛せず。則ち此れ親しくして不善なるに以て其の罰を得たる者なり。
-
『初学訓』巻之五一されど、又善をなしても、福なき人あり。それは、すぐれて命分うすく、福すくなく生れつきたる人なり。又、悪をなしても、禍なき者あり。それは、すぐれてあつき気をうけて、さいはひを身に生れつきたる者なり。共に、定りたる道理の常とすべからず。されども、其一代に報いざれば、必ず子孫にむくゆ。悪をなしても何の害かあらんといふことなかれ、天道は畏るべし。愚なる人は、目の前に見えざることは、福も禍もなしと思ひ、後の利害を知らず。善悪に必ず報あるは、自然の天理なり、疑ふべからず。又、生れつきたる禍福あり。これ天命なり。此二すぢの理あることを知るべし。たとへば、生れつき強き人は、酒色を、恣にし、大食し毒物を食ひて、長命なる人あり。それは、すぐれて元気あつき人なり、常とすべからず。もし其人の禍なきを見て、常の理と思ひ、酒色を恣にし、大食し毒物をくらはば、必ず病をうけて、短命なるべし。悪を行ひて禍を畏れざるは、此理に同じかるべし。