名将言行録 / 『名将言行録』小早川隆景 心に合うことは毒
○隆景、常に若者共に謂て曰く、我心に合たることは皆身の毒と思ふべし。我心に六ケ敷ことは皆藥となるべきことゝ思ふべし。若き者は萬一入嗜むべきことなり。如何となれば、年の若きは末久しからん間、嗜みても餘りあることなるべし、老たるは猶以て嗜むべし、末近ければ嗜む間久しきことにあらざれば、嗜みよからん一生は夢の間なれば、人々能く言はるゝことこそならずとも、惡く言はるべきは人にあらず、と度々一門の者共に申聞かされしとなり。 ○隆景曰く、人たる者は不斷門には、磔の木ありと心得べし。何事も其所作行跡懈怠あらば、此磔の木に懸るべしと思ひ、油斷すること勿れ、と常に言はれしとぞ。 ○隆景の家臣に、某とて文學に敏捷なる者あり。一日隆景庭へ下り、木に腰を掛け頭に草葉を戴き、其名を指さず、是れ〱持て來れと言ひしかど、近臣何れも思ひ當らず居たりし所に、某隆景の樣子を見、其儘茶を立て持來れり。皆々奇異の思ひを爲せり、隆景曰く、我常に譽むるは之等のことなり。凡そ大將の内には、何事にても一藝に達し拔群なる者は棄つべからず、其器々の儘に使ふこそ名將と言はましか。愚にしては爭でか、諸士の行跡を見知らんやと。
新字:○隆景、常に若者共に謂て曰く、我心に合たることは皆身の毒と思ふべし。我心に六ケ敷ことは皆薬となるべきことゝ思ふべし。若き者は万一入嗜むべきことなり。如何となれば、年の若きは末久しからん間、嗜みても余りあることなるべし、老たるは猶以て嗜むべし、末近ければ嗜む間久しきことにあらざれば、嗜みよからん一生は夢の間なれば、人々能く言はるゝことこそならずとも、悪く言はるべきは人にあらず、と度々一門の者共に申聞かされしとなり。 ○隆景曰く、人たる者は不断門には、磔の木ありと心得べし。何事も其所作行跡懈怠あらば、此磔の木に懸るべしと思ひ、油断すること勿れ、と常に言はれしとぞ。 ○隆景の家臣に、某とて文学に敏捷なる者あり。一日隆景庭へ下り、木に腰を掛け頭に草葉を戴き、其名を指さず、是れ〱持て来れと言ひしかど、近臣何れも思ひ当らず居たりし所に、某隆景の様子を見、其儘茶を立て持来れり。皆々奇異の思ひを為せり、隆景曰く、我常に誉むるは之等のことなり。凡そ大将の内には、何事にても一芸に達し抜群なる者は棄つべからず、其器々の儘に使ふこそ名将と言はましか。愚にしては争でか、諸士の行跡を見知らんやと。
書き下し
○隆景、常に若者共に謂て曰く、我心に合たることは皆身の毒と思ふべし。我心に六ケ敷ことは皆藥となるべきことゝ思ふべし。若き者は萬一入嗜むべきことなり。如何となれば、年の若きは末久しからん間、嗜みても餘りあることなるべし、老たるは猶以て嗜むべし、末近ければ嗜む間久しきことにあらざれば、嗜みよからん一生は夢の間なれば、人々能く言はるゝことこそならずとも、惡く言はるべきは人にあらず、と度々一門の者共に申聞かされしとなり。 ○隆景曰く、人たる者は不斷門には、磔の木ありと心得べし。何事も其所作行跡懈怠あらば、此磔の木に懸るべしと思ひ、油斷すること勿れ、と常に言はれしとぞ。 ○隆景の家臣に、某とて文學に敏捷なる者あり。一日隆景庭へ下り、木に腰を掛け頭に草葉を戴き、其名を指さず、是れ〱持て來れと言ひしかど、近臣何れも思ひ當らず居たりし所に、某隆景の樣子を見、其儘茶を立て持來れり。皆々奇異の思ひを爲せり、隆景曰く、我常に譽むるは之等のことなり。凡そ大將の内には、何事にても一藝に達し拔群なる者は棄つべからず、其器々の儘に使ふこそ名將と言はましか。愚にしては爭でか、諸士の行跡を見知らんやと。
現代語訳
隆景は常に若者たちに向かって言いました。自分の心に合うことは皆、身の毒だと思いなさい。自分の心に難しいことは皆、薬になることだと思いなさい。若い者は特に心がけるべきことである。なぜなら、年が若ければ先が長いので、心がけて余りがあるからである。老いた者はなおさら心がけるべきである。先が近ければ心がけられる時間が長くないから、心がけるのがよいのである。一生は夢の間であるから、人々によく言われることはできなくても、悪く言われるのは人ではない、と度々一門の者に言い聞かせたということです。 隆景は言いました。人たる者は、普段の門には磔の木があると心得なさい。何事も行いに怠りがあれば、この磔の木にかかると思い、油断してはならない、と常に言われたということです。 隆景の家臣に、某という文学に鋭い者がいました。ある日、隆景は庭に降り、木に腰を掛け、頭に草の葉を載せて、その名を言わず、あれを持ってこいと言いましたが、近臣の誰も思い当たらずにいたところ、某は隆景の様子を見て、そのまま茶を点てて持ってきました。皆は不思議に思いました。隆景は言いました。私が常に褒めるのはこのようなことである。およそ大将のうちには、何事でも一芸に達して抜きん出ている者は、捨ててはならない。その器量のままに使ってこそ名将と言えよう。愚かであれば、どうして諸士の行いを見知ることができようか、と。
解説

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