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名将言行録 / 『名将言行録』小早川隆景 大言と陣中の用心

○隆景、朝鮮に在り、曾我兵庫を那古耶に遣はし、秀吉の機嫌を聞かしむ。兵庫、秀吉の前に出で、隆景存意に、今十萬の人數渡海仰付られ候はんには、城々に入れ置き、當時在韓の人數十三萬にて、隆景先鋒仕り、朝鮮を席卷し、明國を打平げ度、此段願奉ると申ければ、秀吉聞て隆景の氣象憮ぞあらんと、機嫌斜めならざりしとぞ。 ○隆景、朝鮮に在り、陣中の用心は勿論懈怠なし。中間小者に至るまで草臥ざる樣に、一人たりとも程遠に散らざる樣にと自ら下知を加へ、晝夜となく陣中を廻りたり。出陣するにも諸將五六里出れば、隆景は三里ならでは出です、福島正則抔は立腹せしこともありしとぞ。

新字:○隆景、朝鮮に在り、曽我兵庫を那古耶に遣はし、秀吉の機嫌を聞かしむ。兵庫、秀吉の前に出で、隆景存意に、今十万の人数渡海仰付られ候はんには、城々に入れ置き、当時在韓の人数十三万にて、隆景先鋒仕り、朝鮮を席巻し、明国を打平げ度、此段願奉ると申ければ、秀吉聞て隆景の気象憮ぞあらんと、機嫌斜めならざりしとぞ。 ○隆景、朝鮮に在り、陣中の用心は勿論懈怠なし。中間小者に至るまで草臥ざる様に、一人たりとも程遠に散らざる様にと自ら下知を加へ、昼夜となく陣中を廻りたり。出陣するにも諸将五六里出れば、隆景は三里ならでは出です、福島正則抔は立腹せしこともありしとぞ。

書き下し

○隆景、朝鮮に在り、曾我兵庫を那古耶に遣はし、秀吉の機嫌を聞かしむ。兵庫、秀吉の前に出で、隆景存意に、今十萬の人數渡海仰付られ候はんには、城々に入れ置き、當時在韓の人數十三萬にて、隆景先鋒仕り、朝鮮を席卷し、明國を打平げ度、此段願奉ると申ければ、秀吉聞て隆景の氣象憮ぞあらんと、機嫌斜めならざりしとぞ。 ○隆景、朝鮮に在り、陣中の用心は勿論懈怠なし。中間小者に至るまで草臥ざる樣に、一人たりとも程遠に散らざる樣にと自ら下知を加へ、晝夜となく陣中を廻りたり。出陣するにも諸將五六里出れば、隆景は三里ならでは出です、福島正則抔は立腹せしこともありしとぞ。

現代語訳

○隆景は朝鮮にいて、曾我兵庫を名護屋に遣わし、秀吉の機嫌を伺わせました。兵庫が秀吉の前に出て、隆景の存念として、いま十万の人数に渡海を仰せ付けられるならば、城々に入れ置き、現在在韓の人数十三万とともに、隆景が先鋒を務めて朝鮮を席巻し、明国を打ち平らげたいと思います、この段願い奉りますと申し上げたところ、秀吉は聞いて、隆景の気象はいかにもそうであろうと、機嫌は並々ではなかったということです。 ○隆景は朝鮮にいて、陣中の用心はもちろん怠りませんでした。中間や小者に至るまで疲れないように、一人でも遠くに散らばらないようにと自ら指図を加え、昼夜となく陣中を巡りました。出陣するときも、諸将が五、六里出るところ、隆景は三里しか出ず、福島正則などは立腹したこともあったとのことです。

解説

朝鮮での隆景の二つの顔を並べた一節です。一つは、補給と増援があれば先鋒を務めて明国まで平らげたいと申し出たという大言で、秀吉は機嫌を大いによくしたと伝わります。もう一つは、陣中を昼夜巡って末端の中間や小者まで気を配り、遠出もしなかったという慎重な姿です。前者を現代の文脈でそのまま評価することはできませんが、上司に大きな目標を示しつつ、現場の運用は堅実に保つという二面は、管理職に求められる姿に似ます。福島正則が立腹したという話は、慎重さへの周囲の反発も示しています。
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この章句が説くこと

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