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名将言行録 / 『名将言行録』吉川元春 敵の後詰を読む

○天正六年三月、上月の役、元春羽柴秀吉の後詰あるべきを計り、總陣の廻はりに、芝土手を高く築き、堀を深く穿ち、塀を付け、柵木亂杭を丈夫に搆へ、向城の如くにし、使を以て、隆景にも、堅固に搆へられ候へと申遣はせり。隆景には、長船紀伊守等が、秀吉は別所と戰半なれば、後詰有間敷と言を信じ、元春が申旨、承はりぬと申ながら、陣用意せざりけり。元春此由を聞き、秀吉は信長多士の中より撰み出されて、中國の先鋒を承はり、播磨を全く賜りて、其威旭の登るが如き者が、吾國内の城を圍ませて、如何で後詰せざることやあるべき、況て別所と小迫合抔に、心を掛け、斯る大事を延引する者にあらず、今見よ後詰遠きにあらずと言ひしが、果して秀吉四萬餘人に將として、四月朔日、高倉山に陣を張れり。此時隆景の陣の廻りを、堅固に搆ふるとて、大に騷動せり。果して元春の言の如し。

新字:○天正六年三月、上月の役、元春羽柴秀吉の後詰あるべきを計り、総陣の廻はりに、芝土手を高く築き、堀を深く穿ち、塀を付け、柵木乱杭を丈夫に搆へ、向城の如くにし、使を以て、隆景にも、堅固に搆へられ候へと申遣はせり。隆景には、長船紀伊守等が、秀吉は別所と戦半なれば、後詰有間敷と言を信じ、元春が申旨、承はりぬと申ながら、陣用意せざりけり。元春此由を聞き、秀吉は信長多士の中より撰み出されて、中国の先鋒を承はり、播磨を全く賜りて、其威旭の登るが如き者が、吾国内の城を囲ませて、如何で後詰せざることやあるべき、況て別所と小迫合抔に、心を掛け、斯る大事を延引する者にあらず、今見よ後詰遠きにあらずと言ひしが、果して秀吉四万余人に将として、四月朔日、高倉山に陣を張れり。此時隆景の陣の廻りを、堅固に搆ふるとて、大に騷動せり。果して元春の言の如し。

書き下し

○天正六年三月、上月の役、元春羽柴秀吉の後詰あるべきを計り、總陣の廻はりに、芝土手を高く築き、堀を深く穿ち、塀を付け、柵木亂杭を丈夫に搆へ、向城の如くにし、使を以て、隆景にも、堅固に搆へられ候へと申遣はせり。隆景には、長船紀伊守等が、秀吉は別所と戰半なれば、後詰有間敷と言を信じ、元春が申旨、承はりぬと申ながら、陣用意せざりけり。元春此由を聞き、秀吉は信長多士の中より撰み出されて、中國の先鋒を承はり、播磨を全く賜りて、其威旭の登るが如き者が、吾國内の城を圍ませて、如何で後詰せざることやあるべき、況て別所と小迫合抔に、心を掛け、斯る大事を延引する者にあらず、今見よ後詰遠きにあらずと言ひしが、果して秀吉四萬餘人に將として、四月朔日、高倉山に陣を張れり。此時隆景の陣の廻りを、堅固に搆ふるとて、大に騷動せり。果して元春の言の如し。

現代語訳

○天正六年三月、上月城の戦いのとき、元春は羽柴秀吉が後詰(救援軍)に来るはずだと見通し、全陣のまわりに芝土手を高く築き、堀を深く掘り、塀を付け、柵や乱杭を頑丈に構えて、向かい城のようにしました。使いを出して、隆景にも堅固に構えるようにと言い送りました。隆景のほうでは、長船紀伊守らが、秀吉は別所との戦いの最中だから後詰はあるまいと言うのを信じ、元春の申し入れは承知したと答えながら、陣の備えをしませんでした。元春はこれを聞いて言いました。秀吉は信長が多くの人材の中から選び出して中国方面の先鋒を任せ、播磨をすべて与えられた者で、その勢いは朝日が昇るようだ。そのような者が、わが国内の城を囲ませておいて、どうして後詰をしないことがあろうか。まして別所との小競り合いなどに気を取られ、これほどの大事を延ばすような男ではない。今に見よ、後詰は遠くない。果たして秀吉は四万余の将として四月一日に高倉山に陣を張りました。このとき隆景の陣は、周囲を堅固に構えようとして大騒ぎになりました。元春の言葉どおりになったのです。

解説

毛利方で山陰を預かった吉川元春が、織田方の羽柴秀吉の動きを先に読み、備えを固めさせたと伝わる逸話です。弟の隆景の陣では、別所氏との戦いで手一杯だから来るまいという見方が通っていました。元春の根拠は、秀吉が信長に選ばれて中国方面を任された立場にあり、味方の城が囲まれたまま放っておくはずがないという点にあります。相手の置かれた立場から次の一手を推し量る発想です。現場では、手元の事情が忙しいほど、相手も忙しいはずだと思い込みがちです。ただし岡谷が諸書から集めた逸話なので、細部が史実どおりとは限りません。
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この章句が説くこと

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