名将言行録 / 『名将言行録』毛利元就 侮る者は君たらず
○元就、門司の城を攻む。大友左衞門督義鎭之を聞き、大軍を率る、後詰す。元就圍を解き、船にて速に沖へ引返せり。大友の家老瀧田民部、只一騎にて波打際に來る。浦宗勝、只一人船を戻し鎗を合はせ、民部を突伏せ、高名して又船に乘る。此時味方の者何人か陸に上り鎗を合はせしと、口々に言けるを、元就聞て只一人ならば浦兵部なるべしと言ふ。果して然り、宗勝は小早川隆景が臣なり。 ○元就、中國を平げし時、諸將を會して曰く、汝等は皆我手足なれば我心を告るなり。此度追々服從する國に仕置するに付て申なり。侮二其人一者不レ君二其土一と云語を忘れざる樣に能く心得よ、と敎諭せられけり。後眞田幸村聞て深く讚歎せり。 ○元就敵國を切り從へ、千貫二千貫取る先方衆を召抱ゆると雖も、其者譜代の五十貫三十貫取る士を執して上座に上げ、覺えある譜代の人々には方々の忠功にて取給はぬ知行を新參の我等式に澤山賜はりし段御腹立は御道理千萬なり抔と言ふ。又覺えもなく言甲斐なき人をも譜代となれば敬ひ、且つ思ふ樣、あの樣なる人も元就公と云ふ名將を頼む故、人に執しらるゝ、是非我等も忠節を致し、以來治る國の先方衆に崇めらるべきと覺悟致すにより、元就の威次第に增りしとぞ。
新字:○元就、門司の城を攻む。大友左衛門督義鎮之を聞き、大軍を率る、後詰す。元就囲を解き、船にて速に沖へ引返せり。大友の家老滝田民部、只一騎にて波打際に来る。浦宗勝、只一人船を戻し鎗を合はせ、民部を突伏せ、高名して又船に乗る。此時味方の者何人か陸に上り鎗を合はせしと、口々に言けるを、元就聞て只一人ならば浦兵部なるべしと言ふ。果して然り、宗勝は小早川隆景が臣なり。 ○元就、中国を平げし時、諸将を会して曰く、汝等は皆我手足なれば我心を告るなり。此度追々服従する国に仕置するに付て申なり。侮二其人一者不レ君二其土一と云語を忘れざる様に能く心得よ、と教諭せられけり。後真田幸村聞て深く讃嘆せり。 ○元就敵国を切り従へ、千貫二千貫取る先方衆を召抱ゆると雖も、其者譜代の五十貫三十貫取る士を執して上座に上げ、覚えある譜代の人々には方々の忠功にて取給はぬ知行を新参の我等式に沢山賜はりし段御腹立は御道理千万なり抔と言ふ。又覚えもなく言甲斐なき人をも譜代となれば敬ひ、且つ思ふ様、あの様なる人も元就公と云ふ名将を頼む故、人に執しらるゝ、是非我等も忠節を致し、以来治る国の先方衆に崇めらるべきと覚悟致すにより、元就の威次第に增りしとぞ。
書き下し
○元就、門司の城を攻む。大友左衞門督義鎭之を聞き、大軍を率る、後詰す。元就圍を解き、船にて速に沖へ引返せり。大友の家老瀧田民部、只一騎にて波打際に來る。浦宗勝、只一人船を戻し鎗を合はせ、民部を突伏せ、高名して又船に乘る。此時味方の者何人か陸に上り鎗を合はせしと、口々に言けるを、元就聞て只一人ならば浦兵部なるべしと言ふ。果して然り、宗勝は小早川隆景が臣なり。 ○元就、中國を平げし時、諸將を會して曰く、汝等は皆我手足なれば我心を告るなり。此度追々服從する國に仕置するに付て申なり。侮二其人一者不レ君二其土一と云語を忘れざる樣に能く心得よ、と敎諭せられけり。後眞田幸村聞て深く讚歎せり。 ○元就敵國を切り從へ、千貫二千貫取る先方衆を召抱ゆると雖も、其者譜代の五十貫三十貫取る士を執して上座に上げ、覺えある譜代の人々には方々の忠功にて取給はぬ知行を新參の我等式に澤山賜はりし段御腹立は御道理千萬なり抔と言ふ。又覺えもなく言甲斐なき人をも譜代となれば敬ひ、且つ思ふ樣、あの樣なる人も元就公と云ふ名將を頼む故、人に執しらるゝ、是非我等も忠節を致し、以來治る國の先方衆に崇めらるべきと覺悟致すにより、元就の威次第に增りしとぞ。
現代語訳
○元就が門司の城を攻めました。大友左衛門督義鎮はこれを聞き、大軍を率いて後詰めに来ました。元就は囲みを解き、船で速やかに沖へ引き返しました。大友の家老滝田民部が、ただ一騎で波打ち際に来ました。浦宗勝がただ一人で船を戻して槍を合わせ、民部を突き伏せて功名を立て、また船に乗りました。このとき味方の者の誰が陸に上がって槍を合わせたのかと口々に言いましたが、元就は聞いて、ただ一人であれば浦兵部だろうと言いました。果たしてそのとおりでした。宗勝は小早川隆景の臣でした。 ○元就が中国地方を平定したとき、諸将を集めて言いました。お前たちはみな我が手足であるから、私の心を告げるのだ。このたび次々に服従する国々に処置を行うについて申すのだ。其の人を侮る者は、其の土に君たらず、という語を忘れないように、よく心得よ、と教えさとしました。のちに真田幸村がこれを聞いて深く讃嘆しました。 ○元就は敵国を切り従え、千貫、二千貫取る先方衆を召し抱えても、その者を譜代の五十貫、三十貫取る士よりも上座に取り立てることはしませんでした。覚えのある譜代の人々には、方々の忠功でまだ取っていない知行を、新参の我らが多く賜ったことは、お腹立ちはもっともです、などと言いました。また、覚えもなく、言うに足りない人でも譜代となれば敬い、しかも、あのような人でも元就公という名将を頼むからこそ人に重んじられる、ぜひ我らも忠節を尽くして、のちに治まる国の先方衆に崇められるようになろうと覚悟するので、元就の威は次第に増したということです。
解説

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