古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

名将言行録 / 『名将言行録』毛利元就 長男の死を転じる

○四年八月四日、元就の嫡子大膳太夫隆元頓死す。家臣の人々、元就之を聞かば、定めて愁傷甚しかるべしと、心許なく思ひ居たりし所に、案の外哀感の色なく、元春、隆景、隆家等へ、隆元頓死是非に及ばざることとなり、是は偏に尼子家滅亡の基なり、我及び各の義は言ふに及ばず、家中の下々に至るまで、隆元が弔には、尼子退治の心掛尋常にはあるまじ、然らば此勢を以て尼子を亡さんこと掌の中なりと、快よけに言ひければ、上下愁眉を開き、何れも勇み合たり。爰に於て元就自ら將として白鹿の城を攻め竟に之を拔けり、其軍機の沮するを慮てなり。

新字:○四年八月四日、元就の嫡子大膳太夫隆元頓死す。家臣の人々、元就之を聞かば、定めて愁傷甚しかるべしと、心許なく思ひ居たりし所に、案の外哀感の色なく、元春、隆景、隆家等へ、隆元頓死是非に及ばざることとなり、是は偏に尼子家滅亡の基なり、我及び各の義は言ふに及ばず、家中の下々に至るまで、隆元が弔には、尼子退治の心掛尋常にはあるまじ、然らば此勢を以て尼子を亡さんこと掌の中なりと、快よけに言ひければ、上下愁眉を開き、何れも勇み合たり。爰に於て元就自ら将として白鹿の城を攻め竟に之を抜けり、其軍機の沮するを慮てなり。

書き下し

○四年八月四日、元就の嫡子大膳太夫隆元頓死す。家臣の人々、元就之を聞かば、定めて愁傷甚しかるべしと、心許なく思ひ居たりし所に、案の外哀感の色なく、元春、隆景、隆家等へ、隆元頓死是非に及ばざることとなり、是は偏に尼子家滅亡の基なり、我及び各の義は言ふに及ばず、家中の下々に至るまで、隆元が弔には、尼子退治の心掛尋常にはあるまじ、然らば此勢を以て尼子を亡さんこと掌の中なりと、快よけに言ひければ、上下愁眉を開き、何れも勇み合たり。爰に於て元就自ら將として白鹿の城を攻め竟に之を拔けり、其軍機の沮するを慮てなり。

現代語訳

○四年八月四日、元就の嫡子の大膳大夫隆元が急死しました。家臣たちは、元就がこれを聞けばさぞ嘆き悲しむだろうと、気がかりに思っていましたが、思いのほか哀しむ様子もなく、元春、隆景、隆家らに、隆元の急死はやむを得ないことになった、これはひとえに尼子家滅亡の基となる、私や各々の働きは言うまでもなく、家中の下々に至るまで、隆元の弔いには、尼子退治の心がけが並ひと通りではないだろう、そうであればこの勢いで尼子を滅ぼすことは掌の中だ、と心地よげに言ったので、上下とも愁いの眉を開き、いずれも勇み合いました。ここに元就は自ら大将となって白鹿城を攻め、ついにこれを抜きました。その軍機が沮まれることを慮ったからです。

解説

嫡子隆元の急死という最大の打撃を、元就が弔い合戦の機運へ転じたと伝わる逸話です。表向き哀しみを見せないことが、家臣の動揺を抑える狙いだったと読めます。ただ、本文にはその胸中は書かれていません。家臣が元就の嘆きを心配していたことからも、感情を押し殺した振る舞いであった可能性が示唆されます。現代の組織でも、中心人物の離脱や不祥事のような衝撃的な出来事の直後、リーダーが次の目標を示して士気を保てるかが問われます。無理に明るくふるまうことと、悲しみを組織の目的に結びつけて語ることとは別で、後者には説得力が要ります。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

逆境弔い合戦士気リーダーの振る舞い白鹿城危機対応

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る