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名将言行録 / 『名将言行録』毛利元就 刺客を阻んだ座の構え

○元就洗合に陣し、富田を圍み攻む。尼子の家臣に、熊谷新右衞門、原宗兵衞と曰ふ二人の者あり。二人主君義久の前に出て、洗合へ降人に出なば、元就必ず對面あるべし、其時間隙を覘ひ二人一同に飛掛り刺殺し候はんに、何條事の候べき、左あらんに於ては、兩人が子供に所領賜はれかしと申ければ、義久大に喜び、卽ち二人の子に若干貫づゝの知行を宛行ひける。熊谷、原の兩人如何に猛き元就なりとも、二人左右より捕へなば、遁す間敷ものをと、大言吐て出たりける。旣に洗合に至り降人の由、申入れければ、元就卽ち對面ありたり。其日降人三十餘人ありけるが、熊谷、原其中に混じて出でしが、案に相違して、上の間に元就父子三人着坐し、次に福原、桂、兒玉以下の侍二十餘人並び居たりければ、兩人とも徒らに頓首して退出せり。元就今日の降人五六人目に出でし者疑はしき所あり。嚴しき番人を付置くべしとて、警固の者數人を置たり。二人の者警固の透間を伺ひ、富田へ逃け歸る。義久偖如何にと尋ねければ、兩人の者、さん候、元就は人間にてはよもあらじ、如何にも神佛の化身にてこそ候らはめと、前後のことを語りけるとぞ。

新字:○元就洗合に陣し、富田を囲み攻む。尼子の家臣に、熊谷新右衛門、原宗兵衛と曰ふ二人の者あり。二人主君義久の前に出て、洗合へ降人に出なば、元就必ず対面あるべし、其時間隙を覘ひ二人一同に飛掛り刺殺し候はんに、何条事の候べき、左あらんに於ては、両人が子供に所領賜はれかしと申ければ、義久大に喜び、即ち二人の子に若干貫づゝの知行を宛行ひける。熊谷、原の両人如何に猛き元就なりとも、二人左右より捕へなば、遁す間敷ものをと、大言吐て出たりける。既に洗合に至り降人の由、申入れければ、元就即ち対面ありたり。其日降人三十余人ありけるが、熊谷、原其中に混じて出でしが、案に相違して、上の間に元就父子三人着坐し、次に福原、桂、児玉以下の侍二十余人並び居たりければ、両人とも徒らに頓首して退出せり。元就今日の降人五六人目に出でし者疑はしき所あり。厳しき番人を付置くべしとて、警固の者数人を置たり。二人の者警固の透間を伺ひ、富田へ逃け帰る。義久偖如何にと尋ねければ、両人の者、さん候、元就は人間にてはよもあらじ、如何にも神仏の化身にてこそ候らはめと、前後のことを語りけるとぞ。

書き下し

○元就洗合に陣し、富田を圍み攻む。尼子の家臣に、熊谷新右衞門、原宗兵衞と曰ふ二人の者あり。二人主君義久の前に出て、洗合へ降人に出なば、元就必ず對面あるべし、其時間隙を覘ひ二人一同に飛掛り刺殺し候はんに、何條事の候べき、左あらんに於ては、兩人が子供に所領賜はれかしと申ければ、義久大に喜び、卽ち二人の子に若干貫づゝの知行を宛行ひける。熊谷、原の兩人如何に猛き元就なりとも、二人左右より捕へなば、遁す間敷ものをと、大言吐て出たりける。旣に洗合に至り降人の由、申入れければ、元就卽ち對面ありたり。其日降人三十餘人ありけるが、熊谷、原其中に混じて出でしが、案に相違して、上の間に元就父子三人着坐し、次に福原、桂、兒玉以下の侍二十餘人並び居たりければ、兩人とも徒らに頓首して退出せり。元就今日の降人五六人目に出でし者疑はしき所あり。嚴しき番人を付置くべしとて、警固の者數人を置たり。二人の者警固の透間を伺ひ、富田へ逃け歸る。義久偖如何にと尋ねければ、兩人の者、さん候、元就は人間にてはよもあらじ、如何にも神佛の化身にてこそ候らはめと、前後のことを語りけるとぞ。

現代語訳

○元就は洗合に陣し、富田を囲んで攻めました。尼子の家臣に熊谷新右衛門、原宗兵衛という二人がいました。二人は主君義久の前に出て、洗合へ降人として出れば、元就は必ず対面するでしょう。そのとき隙をうかがって二人一緒に飛びかかって刺し殺しますから、何の支障がありましょう。そうなれば、二人の子供に所領をお与えください、と申したので、義久は大いに喜び、すぐに二人の子に若干貫ずつの知行を与えました。熊谷と原は、いかに猛き元就でも、二人が左右から取りつけば逃がしはしないだろうと、大言を吐いて出ました。すでに洗合に至り降人だと申し入れたので、元就はすぐに対面しました。その日の降人は三十余人いましたが、熊谷と原もその中に交じって出ました。ところが、案に相違して、上の間に元就父子三人が着座し、次に福原、桂、児玉以下の侍二十余人が並んでいたので、二人とも空しく頭を下げて退出しました。元就は、今日の降人のうち、五、六人目に出た者に疑わしいところがある、厳しく番人を付けておけ、と言って、警固の者数人を置きました。二人は警固の隙をうかがい、富田へ逃げ帰りました。義久がどうであったかと尋ねると、二人は、さようです、元就は人間ではありますまい、どうも神仏の化身でございましょうと、前後のことを語ったということです。

解説

降伏を装って元就を暗殺しようとした二人を、座の構えと観察眼で阻んだとされる逸話です。元就は降人の中から怪しい者を見抜き、番人を付けますが、逃げ帰った二人は元就を神仏の化身と語ります。細部は伝承の域を出ませんが、リスクのある面会ほど、人の配置と観察で備えるという実務的な点が読み取れます。現代でも、重要な交渉や面談の場では、人数や席次、同席者の構えが相手の出方を左右します。特定の人を疑いすぎることなく、場の設計で選択肢を狭めておくという発想は、危機管理に通じます。
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この章句が説くこと

暗殺未遂観察眼座の構え場の設計降人危機管理

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