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名将言行録 / 『名将言行録』毛利元就 病を喜ぶ家臣を叱る

○元就の老臣共、一年尼子晴久大病なりと聞き喜び、元就にも必ず喜ばるべしと思ひ、斯くと告ければ、元就案の外氣色を變じ、汝等左樣のこと遠慮もせずして申出すべきことにあらず、何となれば、我等出雲へ發向のこと其れ隱れなし、此時に當り大將病氣抔と申觸すこともあるべし、其心を察せず、吉事の樣に我等父子の前にて申出す條無用の至なりと言て、大に腹立せしかば、是より晴久病氣の沙汰止みしとぞ。然れども實病なれば幾程もなく病死せり。 ○永祿三年正月二十七日、正親町天皇卽位の禮を行はせらる。是より先、弘治三年、踐祚し給ひしかども、五畿七道一同に亂れ、三年を過て卽位の禮を行はせらるべき樣のなかりしを、元就傳へ聞き、彼料を調進せり。爰に於て大禮旣に行はれ、二月十五日其勸賞として元就を陸奧守に、隆元を大膳太夫に成され、菊桐の章を賜ふ。是は廣元の先蹤を追はれしことゝぞ。將軍義輝之を聞き、大に感じて錦の鎧、直垂を賜はり、鎭西の守護職に補せられたり。

新字:○元就の老臣共、一年尼子晴久大病なりと聞き喜び、元就にも必ず喜ばるべしと思ひ、斯くと告ければ、元就案の外気色を変じ、汝等左様のこと遠慮もせずして申出すべきことにあらず、何となれば、我等出雲へ発向のこと其れ隠れなし、此時に当り大将病気抔と申触すこともあるべし、其心を察せず、吉事の様に我等父子の前にて申出す条無用の至なりと言て、大に腹立せしかば、是より晴久病気の沙汰止みしとぞ。然れども実病なれば幾程もなく病死せり。 ○永禄三年正月二十七日、正親町天皇即位の礼を行はせらる。是より先、弘治三年、践祚し給ひしかども、五畿七道一同に乱れ、三年を過て即位の礼を行はせらるべき様のなかりしを、元就伝へ聞き、彼料を調進せり。爰に於て大礼既に行はれ、二月十五日其勧賞として元就を陸奥守に、隆元を大膳太夫に成され、菊桐の章を賜ふ。是は広元の先蹤を追はれしことゝぞ。将軍義輝之を聞き、大に感じて錦の鎧、直垂を賜はり、鎮西の守護職に補せられたり。

書き下し

○元就の老臣共、一年尼子晴久大病なりと聞き喜び、元就にも必ず喜ばるべしと思ひ、斯くと告ければ、元就案の外氣色を變じ、汝等左樣のこと遠慮もせずして申出すべきことにあらず、何となれば、我等出雲へ發向のこと其れ隱れなし、此時に當り大將病氣抔と申觸すこともあるべし、其心を察せず、吉事の樣に我等父子の前にて申出す條無用の至なりと言て、大に腹立せしかば、是より晴久病氣の沙汰止みしとぞ。然れども實病なれば幾程もなく病死せり。 ○永祿三年正月二十七日、正親町天皇卽位の禮を行はせらる。是より先、弘治三年、踐祚し給ひしかども、五畿七道一同に亂れ、三年を過て卽位の禮を行はせらるべき樣のなかりしを、元就傳へ聞き、彼料を調進せり。爰に於て大禮旣に行はれ、二月十五日其勸賞として元就を陸奧守に、隆元を大膳太夫に成され、菊桐の章を賜ふ。是は廣元の先蹤を追はれしことゝぞ。將軍義輝之を聞き、大に感じて錦の鎧、直垂を賜はり、鎭西の守護職に補せられたり。

現代語訳

○元就の老臣たちは、ある年、尼子晴久が大病だと聞いて喜び、元就もきっと喜ばれるだろうと思ってそう告げました。すると元就は思いのほか顔色を変え、お前たちはそのようなことを遠慮もなく口にしてよいのではない。なぜなら、我々が出雲へ向かうことは隠れもない事実だ。この時に当たって、大将が病気だなどと触れ回ることもあるだろう。その心を察せず、吉事のように我ら父子の前で言い出すのは、無用の至りだと言って、大いに腹を立てました。これよりのち、晴久の病気の話は止みました。しかし実際に病気であったので、いくらもなく病死しました。 ○永禄三年正月二十七日、正親町天皇の即位の礼が行われました。これより先、弘治三年に践祚されましたが、五畿七道がみな乱れ、三年を過ぎても即位の礼を行えるようすがなかったので、元就はそれを伝え聞き、その費用を調えて献上しました。ここに大礼がすでに行われ、二月十五日に、その褒賞として元就を陸奥守に、隆元を大膳大夫に任じられ、菊桐の紋を賜りました。これは広元の先例を追われたことだということです。将軍義輝はこれを聞いて大いに感じ入り、錦の鎧、直垂を賜り、鎮西の守護職に任じました。

解説

二つの話が並びます。前半は、敵将の病を喜ぶ家臣を、元就が叱る逸話です。出陣のこの時期に、大将の病気を言いふらす策があり得ること、そして喜びを顔に出すと疑われかねないことを理由に挙げます。結果として晴久は実際に病死したと添えられます。後半は、正親町天皇の即位の礼の費用を元就が調進し、陸奥守などを授かったという記述です。一見別の話ですが、目先の有利に浮かれる発想ではなく、周囲の目や大義を意識する元就の姿が通底します。現代でも、競合の不調を内輪で喜ぶ空気は、外から見ると品位を損ないます。
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