後世への最大遺物 / 第二回・艱難について感謝すべきである
われわれに友達がない、われわれに金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに勝てば勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少くして、それで大事業ができたところが何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって大いに利益を得るにいたるのである。種々の不都合、種々の反対に打ち勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う。それゆえにヤコブのように、われわれの出遭う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思います。
書き下し
われわれに友達がない、われわれに金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに勝てば勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少くして、それで大事業ができたところが何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって大いに利益を得るにいたるのである。種々の不都合、種々の反対に打ち勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う。それゆえに、ヤコブのように、われわれの出遭う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思います。
現代語訳
友達がいない、金がない、学問がない、というのが面白い。私たちが神の恵みを受け、信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、私たちは非常な事業を遺すことになります。熱心をもってこれに勝てば勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあり、地位があり、責任が少なくて、それで大事業ができたところで何ということはない。たとえ事業が小さくても、これらすべての逆風に打ち勝つことによって、後世の人が私によって大いに益を得るようになるのです。さまざまな不都合、さまざまな逆風に打ち勝つことが、私たちの大事業ではないかと思います。ですからヤコブのように、私たちが出遭う苦難について感謝すべきではないかと思います。
解説

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