韓非子 / 存韓第二
夫韓、小國也、而以應天下四擊。主辱臣苦、上下相與同憂久矣。
新字:夫韓、小国也、而以応天下四撃。主辱臣苦、上下相与同憂久矣。
書き下し
夫れ韓は小國なり、而して以て天下の四撃に應ず。主辱められ臣苦しみ、上下相い與に憂いを同じうすること久し。
現代語訳
そもそも韓は小国であり、四方からの攻撃に応じている。君主は恥を受け、臣下は苦しみ、上下が憂いを共にして久しい。
解説
「そもそも韓は小さな国でありながら、四方からの攻撃に応じ続けてきた。君主は辱めを受け、臣下は苦しみ、上と下とが憂いを共にしてきたことは長い」という一節です。弱く小さな立場にありながら、周囲からの圧力に耐え続けてきた者たちが、その苦しみを分かち合うことで、かえって固い結びつきを持つことがあります。小さな会社が大きな競合に囲まれながらも一致団結して踏ん張る様子や、家族が病気や経済的な苦労を一緒に乗り越えることで絆を深める様子と重なります。逆境そのものは望ましいものではありませんが、それを上と下が一緒に受け止め、共に憂う姿勢を持てたとき、逆境は組織や家族を鍛え、結びつきを強める力にもなり得るのです。
この章句が説くこと
逆境組織の一体感危機対応エンゲージメント苦労の共有レジリエンス
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