韓非子 / 存韓第二
夫韓、小國也、而以應天下四擊。主辱臣苦、上下相與同憂久矣。
新字:夫韓、小国也、而以応天下四擊。主辱臣苦、上下相与同憂久矣。
書き下し
夫れ韓は小國なり、而して以て天下の四撃に應ず。主辱められ臣苦しみ、上下相い與に憂いを同じうすること久し。
現代語訳
そもそも韓は小国であり、四方からの攻撃に応じている。君主は恥を受け、臣下は苦しみ、上下が憂いを共にして久しい。
解説
「そもそも韓は小さな国でありながら、四方からの攻撃に応じ続けてきた。君主は辱めを受け、臣下は苦しみ、上と下とが憂いを共にしてきたことは長い」という一節です。弱く小さな立場にありながら、周囲からの圧力に耐え続けてきた者たちが、その苦しみを分かち合うことで、かえって固い結びつきを持つことがあります。小さな会社が大きな競合に囲まれながらも一致団結して踏ん張る様子や、家族が病気や経済的な苦労を一緒に乗り越えることで絆を深める様子と重なります。逆境そのものは望ましいものではありませんが、それを上と下が一緒に受け止め、共に憂う姿勢を持てたとき、逆境は組織や家族を鍛え、結びつきを強める力にもなり得るのです。
この章句が説くこと
逆境組織の一体感危機対応エンゲージメント苦労の共有レジリエンス
関連する章句
-
論語・衛霊公篇衛の霊公、陳を孔子に問う。孔子対えて曰く、「俎豆の事は、則ち嘗て之を聞けり。軍旅の事は、未だ之を学ばざるなり。」明日遂に行る。陳に在りて糧を絶つ。従者病みて、能く興つこと莫し。子路慍りて見えて曰く、「君子も亦た窮すること有るか。」子曰く、「君子固より窮す。小人窮すれば斯に濫る。」
-
説苑・君道高宗なる者は武丁なり、高くして之を宗とす、故に高宗と号す。成湯の後、先王の道欠け、刑法違犯せられ、桑穀倶に朝に生じ、七日にして大いに拱す。武丁其の相を召して之を問う。其の相曰く、「吾之を知ると雖も、吾言うを得ざるなり。之を祖己に聞く、桑穀なる者は野草なり、而して朝に生ず、意うに国亡びんとするか」と。武丁恐駭し、身を飭め行いを修め、先王の政を思い、滅国を興し絶世を継ぎ、逸民を挙げ、養老を明らかにす。三年の後、蛮夷重訳して朝する者七国、此を之れ存亡継絶の主と謂う、是を以て高くして之を尊ぶなり。
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「人の德慧術知有る者は、恒に疢疾に(チン・シツ)存す。獨り孤臣孽子のみ、其の、心を操るや危うく、其の、患いを慮るや深し。故に達す。」 <語釈> ○「德慧術知」、趙注は、德行・知慧・道術・才智の四者とし、朱注は、德慧は徳の慧、術知は術の知の二者とする。趙注に從う。○「疢疾」、朱注:疢疾は、猶ほ災患なり。○「其操心也危~」趙注:自ら孤微にして危殆の患いを懼れて、深く之を慮り、勉めて仁義を為す、故に達するに至るなり。
-
説苑・雜言孔子、陳・蔡の境に難に遭い、糧を絶つ。弟子皆饑色有り。孔子両柱の間に歌う。子路入りて見えて曰く、「夫子の歌うは、礼なるか」と。孔子応えず、曲終わりて曰く、「由よ、君子の楽しみを好むは驕り無からんが為なり、小人の楽しみを好むは懾れ無からんが為なり。其れ誰か之を知らん。子我を知らずして我に従う者か」と。子路悦ばず、干を援りて舞う。三たび終わりて出づ。七日に至るに及び、孔子楽を脩めて休まず。子路慍りて見えて曰く、「夫子の楽を脩むるは、時なるか」と。孔子応えず、楽終わりて曰く、「由よ、昔者、齊桓の霸心は莒に生じ、句踐の霸心は会稽に生じ、晉文の霸心は驪氏に生ず。故に居りて幽ならざれば、則ち思い遠からず。身約せられざれば則ち智広からず。庸んぞ知らんや之に遇わざるを」と。是に於いて興り、明日厄を免る。子貢轡を執りて曰く、「二三子夫子に従いて此の難に遇う、其れ忘る可からず」と。孔子曰く、「悪んぞ是れ何ぞや。語に云わずや、三たび肱を折りて良医と成ると。夫れ陳・蔡の間は、丘の幸いなり。二三子丘に従う者は皆幸いの人なり。吾聞く、人君困しまざれば王を成さず、列士困しまざれば行を成さずと。昔者、湯は呂に困しみ、文王は羑里に困しみ、秦穆公は殽に困しみ、齊桓は長勺に困しみ、句踐は会稽に困しみ、晉文は驪氏に困しむ。夫れ困の道たる、寒の煖に及ぶより、煖の寒に及ぶがごときなり、唯だ賢者のみ独り知りて之を言い難しとす。易に曰く、『困は亨りて貞し、大人は吉にして、咎無し。言有れども信ぜられず』と。聖人の人と与にして言い難く信じ難き所なり」と。
-
説苑・奉使秦楚兵を轂う。秦王人をして楚に使いせしむ。楚王人をして之を戲れしめて曰く、「子來るに亦た之を卜せしか。」對えて曰く、「然り。」「卜して何をか謂うや。」對えて曰く、「吉なり。」楚人曰く、「噫、甚だしいかな、子の國良龜無きなり。王將に子を殺して以て鐘に釁らんとす、其の吉なること如何。」使者曰く、「秦楚兵を轂う、吾が王我をして先んじて窺わしむ。我死して還らずんば、則ち吾が王警戒を知り、兵を整齊して以て楚に備う。是れ吾が所謂吉なり。且つ死者にして知無くんば、又た何ぞ鐘に釁らん。死者にして知有らば、吾豈に秦を錯きて楚を相みんや。我將に楚の鐘鼓をして聲無からしめんとす。鐘鼓聲無くんば則ち將に其の士卒を整齊して君の軍を理むる無からんとす。夫れ人の使いを殺し、人の謀を絕つは、古の通議に非ざるなり。子大夫試みに熟ら之を計れ。」使者以て楚王に報ず。楚王之を赦す。此れを之れ「造命」と謂う。
-
論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。