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名将言行録 / 『名将言行録』山中幸盛 戦場の実感と首の数

○明智光秀の臣、野々口丹波、幸盛に逢ひ、我等不肖と雖も、時の仕合に依て男役を勤めたること三度なり、然れども敵を突留め、首を取て後忽然と夢の覺めたるが如し、其場に於て目に見る所朦朧として、首尾分明ならず、然るに只一度働きせし者も、敵の働き自分の稼ぎ審に語る者あり、生得の大勇にやと問ければ、幸盛大に感じ、貴殿は僞りなき人哉、詞を飾り虚名を取る者踏しめたる所少きものなり、我等首供養したること既に二度なり、初め鎗を合はせ首を取ること四五度の間は、貴殿の語らるゝ所に違はず、七八度に及びて、夜の明けたる如く、十度に餘りて常に違はず、敵の内冑突能く見え、小兒の戲れに等しく、杖を以ても打倒すべし、貴殿未だ壯年なり、首數重ならば、我等が申所を思ひ合はさるべしと言へり。 ○野々口丹波、幸盛が旅館に來て、陪臣の身として申は恐入て候へども、哀れ茅屋の中に駕を枉られ給はゞ何事の幸か之に如んと言ふ。幸盛過分に候、參るべしと約す。斯る所に光秀、今日風呂を燒き候間來られよと言ければ、幸盛御家來野々口に先約致し候と言て打笑ふ。光秀も又共に笑て鴈一羽、鮭一尾を以て山中を饗應すべしとて野々口に與へり。

新字:○明智光秀の臣、野々口丹波、幸盛に逢ひ、我等不肖と雖も、時の仕合に依て男役を勤めたること三度なり、然れども敵を突留め、首を取て後忽然と夢の覚めたるが如し、其場に於て目に見る所朦朧として、首尾分明ならず、然るに只一度働きせし者も、敵の働き自分の稼ぎ審に語る者あり、生得の大勇にやと問ければ、幸盛大に感じ、貴殿は偽りなき人哉、詞を飾り虚名を取る者踏しめたる所少きものなり、我等首供養したること既に二度なり、初め鎗を合はせ首を取ること四五度の間は、貴殿の語らるゝ所に違はず、七八度に及びて、夜の明けたる如く、十度に余りて常に違はず、敵の内冑突能く見え、小児の戯れに等しく、杖を以ても打倒すべし、貴殿未だ壮年なり、首数重ならば、我等が申所を思ひ合はさるべしと言へり。 ○野々口丹波、幸盛が旅館に来て、陪臣の身として申は恐入て候へども、哀れ茅屋の中に駕を枉られ給はゞ何事の幸か之に如んと言ふ。幸盛過分に候、参るべしと約す。斯る所に光秀、今日風呂を焼き候間来られよと言ければ、幸盛御家来野々口に先約致し候と言て打笑ふ。光秀も又共に笑て鴈一羽、鮭一尾を以て山中を饗応すべしとて野々口に与へり。

書き下し

○明智光秀の臣、野々口丹波、幸盛に逢ひ、我等不肖と雖も、時の仕合に依て男役を勤めたること三度なり、然れども敵を突留め、首を取て後忽然と夢の覺めたるが如し、其場に於て目に見る所朦朧として、首尾分明ならず、然るに只一度働きせし者も、敵の働き自分の稼ぎ審に語る者あり、生得の大勇にやと問ければ、幸盛大に感じ、貴殿は僞りなき人哉、詞を飾り虚名を取る者踏しめたる所少きものなり、我等首供養したること既に二度なり、初め鎗を合はせ首を取ること四五度の間は、貴殿の語らるゝ所に違はず、七八度に及びて、夜の明けたる如く、十度に餘りて常に違はず、敵の内冑突能く見え、小兒の戲れに等しく、杖を以ても打倒すべし、貴殿未だ壯年なり、首數重ならば、我等が申所を思ひ合はさるべしと言へり。 ○野々口丹波、幸盛が旅館に來て、陪臣の身として申は恐入て候へども、哀れ茅屋の中に駕を枉られ給はゞ何事の幸か之に如んと言ふ。幸盛過分に候、參るべしと約す。斯る所に光秀、今日風呂を燒き候間來られよと言ければ、幸盛御家來野々口に先約致し候と言て打笑ふ。光秀も又共に笑て鴈一羽、鮭一尾を以て山中を饗應すべしとて野々口に與へり。

現代語訳

明智光秀の家臣、野々口丹波が幸盛に会って言った。「私は不肖ながら、時の運によって男の役目を三度務めました。しかし敵を突き留め首を取ったあと、たちまち夢から覚めたようで、その場で目に見るものは朦朧として、始めも終わりも分かりません。ところが、ただ一度働いただけの者でも、敵の働きも自分の働きも詳しく語る者がいます。生まれつきの大勇でしょうか。」幸盛は大いに感じて言った。「あなたは偽りのない人だ。言葉を飾って虚名を取る者は、実際に踏みしめた所が少ないものだ。私は首供養をしたことがすでに二度ある。初めて槍を合わせ、首を取ることの四、五度の間は、あなたの語るところと違わない。七、八度に及んで、夜が明けたようになり、十度を超えると常と違わなくなり、敵の兜の内や突きどころがよく見え、子供の遊びに等しく、杖でも打ち倒せるほどになる。あなたはまだ壮年だ。首の数が重なったなら、私が申したことを思い合わせるだろう。」 野々口丹波が幸盛の旅館に来て言った。「家臣の身で申し上げるのは恐れ入りますが、どうか拙宅にお越しくださるなら、これ以上の幸いはありません。」幸盛は「ありがたい、参りましょう」と約束した。そうしたところ、光秀が「今日は風呂を焚くので来られよ」と言ったので、幸盛は「ご家来の野々口に先約をしております」と言って笑った。光秀もともに笑い、雁一羽と鮭一尾を野々口に与えて、「これで山中をもてなせ」と言った。

解説

経験を積むと戦場の見え方が変わる、という幸盛の言葉が中心の逸話です。初めの数度は夢のようで何も覚えていないが、数が重なると敵の弱点が見え、子供の遊びのようになる、と語られます。評も、戦場の実感だろうと述べています。自分の未熟さを正直に語る野々口を、幸盛が偽りのない人と認めた点も見逃せません。新しい仕事の初期に余裕がないのは当然で、回数を重ねて初めて全体が見えてきます。後半の、先約を笑って尊重した光秀が土産まで持たせる場面には、上に立つ者の度量が表れています。
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この章句が説くこと

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