名将言行録 / 『名将言行録』太田資正 松田憲秀の異心を見抜く
○此役資正、松田尾張守憲秀の手を見て、異心ありと言ふ。此時憲秀、既に内通せり。資正之を知らずして其言當れり。秀吉之を奇とし、何を以て見しぞと尋ねらる。資正曰く憲秀が勇謀、人の恐るゝ所なり、今日軍備を正さず、諸卒を戒めず、役所を巡らず、彼素より臆すべき者にあらず、心を味方に通ずる故なりと。秀吉大に嗟歎し、家康に向ひ、今茲に二つの不思議あり、之を知らるゝやと言はる。家康答に一つは三樂ならん、二つは之を解せず。秀吉曰く、我匹夫より起りて天下に主たり、三樂が智ありて、一國をも有つことを得ず、之二つの不思議にあらずやと。 ○秀吉、資正を召して曰く、其方は智仁勇を兼ねたる良將なり、去れども小身なり、我は一德もなし、天下を取ることが得手なりと。
新字:○此役資正、松田尾張守憲秀の手を見て、異心ありと言ふ。此時憲秀、既に内通せり。資正之を知らずして其言当れり。秀吉之を奇とし、何を以て見しぞと尋ねらる。資正曰く憲秀が勇謀、人の恐るゝ所なり、今日軍備を正さず、諸卒を戒めず、役所を巡らず、彼素より臆すべき者にあらず、心を味方に通ずる故なりと。秀吉大に嗟嘆し、家康に向ひ、今茲に二つの不思議あり、之を知らるゝやと言はる。家康答に一つは三楽ならん、二つは之を解せず。秀吉曰く、我匹夫より起りて天下に主たり、三楽が智ありて、一国をも有つことを得ず、之二つの不思議にあらずやと。 ○秀吉、資正を召して曰く、其方は智仁勇を兼ねたる良将なり、去れども小身なり、我は一徳もなし、天下を取ることが得手なりと。
書き下し
○此役資正、松田尾張守憲秀の手を見て、異心ありと言ふ。此時憲秀、既に内通せり。資正之を知らずして其言當れり。秀吉之を奇とし、何を以て見しぞと尋ねらる。資正曰く憲秀が勇謀、人の恐るゝ所なり、今日軍備を正さず、諸卒を戒めず、役所を巡らず、彼素より臆すべき者にあらず、心を味方に通ずる故なりと。秀吉大に嗟歎し、家康に向ひ、今茲に二つの不思議あり、之を知らるゝやと言はる。家康答に一つは三樂ならん、二つは之を解せず。秀吉曰く、我匹夫より起りて天下に主たり、三樂が智ありて、一國をも有つことを得ず、之二つの不思議にあらずやと。 ○秀吉、資正を召して曰く、其方は智仁勇を兼ねたる良將なり、去れども小身なり、我は一德もなし、天下を取ることが得手なりと。
現代語訳
この戦で資正は、松田尾張守憲秀の手勢を見て、異心があると言った。このとき憲秀はすでに内通していた。資正はそれを知らずに言ったのだが、その言葉は当たった。秀吉はこれを不思議に思い、何によって見たのかと尋ねた。資正は言った。「憲秀の勇気と謀は、人の恐れるところです。ところが今日は軍備を整えず、兵たちを戒めず、持ち場を巡りません。彼はもともと臆病な者ではありません。心を味方に通じているからです。」秀吉は大いに感嘆し、家康に向かって言った。「いまここに二つの不思議がある。ご存じか。」家康は答えた。「一つは三楽のことでしょう。二つ目は分かりません。」秀吉は言った。「私は一介の庶民から起こって天下の主となった。三楽には智があるのに、一国さえ持つことができなかった。これが二つの不思議ではないか。」 秀吉は資正を召して言った。「そなたは智・仁・勇を兼ねた良将である。しかし小身だ。私には一つの徳もない。天下を取ることが得意なだけだ。」
解説

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