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名将言行録 / 『名将言行録』太田資長 古歌で戦場を読む

○上杉定正廳南へ寄する時人數を夜押にす。其途に山涯、海端の兩道あり、潮滿る時は涯を行くに、山の上に石弩を張置き、動もすれば人數を損ぜり。定正、此方にて人數を止め潮の干たらんには、山涯を避けて遠干潟を押すべし、潮干たるや否や見て參れ、とありて斥候を出せしに、見切悪き故分明ならず。時に資長、我等參り見て參らん、と言ひ乘出して其所までも行かず乘戻し、潮は干申候間、人數を押さるべくと言ふ。定正、汝其所まで行かずして、潮の干たりと見ること如何、と尋ねけるに、資長「遠くなり、近くなるみの、濱千鳥、鳴音に潮の、滿干をぞ知る。」と云ふ古歌是あり候、千鳥の聲遠く聞えしに付、潮の干たるを知り候ひぬ、と申ければ、定正如何にもとありて、人數を押させしに、何の恙もなく遠干潟を、安々と押通りたり。又資長、或夜軍を返し、利根川を渡らんとするに、闇さは闇し、淺瀬は知れず、人皆如何せんとありし時、資長「そこひなき、淵やはさわぐ、山川の、淺き瀬にこそ、あだ波は立て。」と云ふ古歌あり、波音荒き所を渡せと言て、事故なく渡したり。又資長、小机城を攻めし時、敵衆く、味方寡し、家臣小を以て大に勝つことは如何あるべしと言ければ、資長、善く兵を用ふる者は兵の多少に寄らず、勢に乘ずるものなり、我歌を唱ふの聲に應じ何れも和唱し進み戰ふべしと令しける。士卒乃ち其歌を唱ふると均く、進み戰ひ、遂に其城を拔けり。其歌に曰く「小机は、まづ手習の、始にて、いろはにほへと、ちり〱になる。」

新字:○上杉定正庁南へ寄する時人数を夜押にす。其途に山涯、海端の両道あり、潮満る時は涯を行くに、山の上に石弩を張置き、動もすれば人数を損ぜり。定正、此方にて人数を止め潮の干たらんには、山涯を避けて遠干潟を押すべし、潮干たるや否や見て参れ、とありて斥候を出せしに、見切悪き故分明ならず。時に資長、我等参り見て参らん、と言ひ乗出して其所までも行かず乗戻し、潮は干申候間、人数を押さるべくと言ふ。定正、汝其所まで行かずして、潮の干たりと見ること如何、と尋ねけるに、資長「遠くなり、近くなるみの、浜千鳥、鳴音に潮の、満干をぞ知る。」と云ふ古歌是あり候、千鳥の声遠く聞えしに付、潮の干たるを知り候ひぬ、と申ければ、定正如何にもとありて、人数を押させしに、何の恙もなく遠干潟を、安々と押通りたり。又資長、或夜軍を返し、利根川を渡らんとするに、闇さは闇し、浅瀬は知れず、人皆如何せんとありし時、資長「そこひなき、淵やはさわぐ、山川の、浅き瀬にこそ、あだ波は立て。」と云ふ古歌あり、波音荒き所を渡せと言て、事故なく渡したり。又資長、小机城を攻めし時、敵衆く、味方寡し、家臣小を以て大に勝つことは如何あるべしと言ければ、資長、善く兵を用ふる者は兵の多少に寄らず、勢に乗ずるものなり、我歌を唱ふの声に応じ何れも和唱し進み戦ふべしと令しける。士卒乃ち其歌を唱ふると均く、進み戦ひ、遂に其城を抜けり。其歌に曰く「小机は、まづ手習の、始にて、いろはにほへと、ちり〱になる。」

書き下し

○上杉定正廳南へ寄する時人數を夜押にす。其途に山涯、海端の兩道あり、潮滿る時は涯を行くに、山の上に石弩を張置き、動もすれば人數を損ぜり。定正、此方にて人數を止め潮の干たらんには、山涯を避けて遠干潟を押すべし、潮干たるや否や見て參れ、とありて斥候を出せしに、見切悪き故分明ならず。時に資長、我等參り見て參らん、と言ひ乘出して其所までも行かず乘戻し、潮は干申候間、人數を押さるべくと言ふ。定正、汝其所まで行かずして、潮の干たりと見ること如何、と尋ねけるに、資長「遠くなり、近くなるみの、濱千鳥、鳴音に潮の、滿干をぞ知る。」と云ふ古歌是あり候、千鳥の聲遠く聞えしに付、潮の干たるを知り候ひぬ、と申ければ、定正如何にもとありて、人數を押させしに、何の恙もなく遠干潟を、安々と押通りたり。又資長、或夜軍を返し、利根川を渡らんとするに、闇さは闇し、淺瀬は知れず、人皆如何せんとありし時、資長「そこひなき、淵やはさわぐ、山川の、淺き瀬にこそ、あだ波は立て。」と云ふ古歌あり、波音荒き所を渡せと言て、事故なく渡したり。又資長、小机城を攻めし時、敵衆く、味方寡し、家臣小を以て大に勝つことは如何あるべしと言ければ、資長、善く兵を用ふる者は兵の多少に寄らず、勢に乘ずるものなり、我歌を唱ふの聲に應じ何れも和唱し進み戰ふべしと令しける。士卒乃ち其歌を唱ふると均く、進み戰ひ、遂に其城を拔けり。其歌に曰く「小机は、まづ手習の、始にて、いろはにほへと、ちり〱になる。」

現代語訳

上杉定正が小田原を攻めようとしたとき、軍勢を夜に進めることにしました。その道には山際と海端の二つの道があり、潮が満ちるときは山際を行くのですが、山の上に石弩(石を飛ばす仕掛け)を張って置き、ともすれば兵に損害が出ていました。定正は「こちらで軍勢を止め、潮が引いたなら、山際を避けて遠い干潟を進むべきだ。潮が引いたかどうか見てまいれ」と言って斥候を出しましたが、見通しが悪くはっきりしませんでした。そのとき資長が「私が参って見てまいりましょう」と言って乗り出し、その場所までも行かずに引き返し、「潮は引いておりますので、軍勢をお進めください」と言いました。定正が「おまえはその場所まで行かずに、潮が引いたと見たのはどういうことか」と尋ねると、資長は「『遠くなり、近くなるみの、浜千鳥、鳴く音に潮の、満ち干をぞ知る』という古歌がございます。千鳥の声が遠く聞こえたので、潮が引いたことを知りました」と答えました。定正は「なるほど」と言って軍勢を進ませたところ、何事もなく遠い干潟を安々と押し通りました。また資長は、ある夜、軍を返して利根川を渡ろうとしましたが、闇は暗く、浅瀬も知れず、人はみなどうしようかと言っていたとき、資長は「『底ひなき、淵やは騒ぐ、山川の、浅き瀬にこそ、あだ波は立て』という古歌がある。波音の荒い所を渡れ」と言って、無事に渡しました。また資長が小机城を攻めたとき、敵は多く味方は少なく、家臣が小勢で大勢に勝つにはどうすべきかと言うと、資長は「よく兵を用いる者は、兵の多少によらず、勢いに乗ずるものだ。私が歌を唱える声に合わせて、みな和して唱えながら進み戦え」と命じました。兵たちはその歌を唱えると同時に進み戦い、ついにその城を抜きました。その歌にいう、「小机は、まず手習いの、始めにて、いろはにほへと、ちりぢりになる」。

解説

潮の満ち引き、川の渡り方、士気の高め方という三つの場面で、古歌が判断の根拠になる逸話です。ここで注意したいのは、歌の知識そのものより、教養を目の前の現実の判断に結びつける力が描かれている点です。実際に潮が引いたかどうかを歌で確かめられるわけではなく、語りとしての面白さが強い話です。細部は岡谷が集めた逸話で、史実かどうかは確かめられません。現代の仕事に置き換えると、一見遠い分野の知識を、目の前の課題に転用する発想力が問われます。
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この章句が説くこと

資長古歌潮の満ち引き利根川小机城教養

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