明君家訓 / 第20条一
古より四民とて、天下の人を士農工商の四色にわかちおき、それ〱に主どる所の職をつけ申事にて候、しかるに、農は耕作をつとめて米穀を出し、工はあるひは梓匠となりて室屋をかまへ、あるひは陶冶となりて器物をつくり、商は賣買をいとなみて有無を通じ、此三民にて天下の用をたし申候、扱、義理と申もの一つをば、士の職と定申事にて候、此義理と申もの、色もなく臭もなきものに候ゆへ、彼三民の所作とは事かはり候て、急度つかさどる人を定申さず候ても、其分の樣に候へ共、此義理の筋目、天下にほろび候ては人に廉恥の心なく成、互に相欺き、たがひに相掠め、をのづから畏憚る所もなく、終には子も父を父とせず、臣も君を君とせず、大亂にも及び申事にて候、それゆへ士と申ものをたてゝ、義理をまもらせ、彼三民の上に置申候、平生手をあそばしめてをりながら、百姓町人を思ふさまにをしさげ候へども、かれらもおそれうやまひ申事は、士は職とする所のたかきゆへにて候、しかるところに、當代士として飽迄利欲にふけり、深く金銀をむさぼり、町人等に對し權柄を以て物をしかすむるともがら有之候、
新字:古より四民とて、天下の人を士農工商の四色にわかちおき、それ〱に主どる所の職をつけ申事にて候、しかるに、農は耕作をつとめて米穀を出し、工はあるひは梓匠となりて室屋をかまへ、あるひは陶冶となりて器物をつくり、商は売買をいとなみて有無を通じ、此三民にて天下の用をたし申候、扱、義理と申もの一つをば、士の職と定申事にて候、此義理と申もの、色もなく臭もなきものに候ゆへ、彼三民の所作とは事かはり候て、急度つかさどる人を定申さず候ても、其分の様に候へ共、此義理の筋目、天下にほろび候ては人に廉恥の心なく成、互に相欺き、たがひに相掠め、をのづから畏憚る所もなく、終には子も父を父とせず、臣も君を君とせず、大乱にも及び申事にて候、それゆへ士と申ものをたてゝ、義理をまもらせ、彼三民の上に置申候、平生手をあそばしめてをりながら、百姓町人を思ふさまにをしさげ候へども、かれらもおそれうやまひ申事は、士は職とする所のたかきゆへにて候、しかるところに、当代士として飽迄利欲にふけり、深く金銀をむさぼり、町人等に対し権柄を以て物をしかすむるともがら有之候、
書き下し
古より四民とて、天下の人を士農工商の四色にわかちおき、それ〱に主どる所の職をつけ申事にて候、しかるに、農は耕作をつとめて米穀を出し、工はあるひは梓匠となりて室屋をかまへ、あるひは陶冶となりて器物をつくり、商は賣買をいとなみて有無を通じ、此三民にて天下の用をたし申候、扱、義理と申もの一つをば、士の職と定申事にて候、此義理と申もの、色もなく臭もなきものに候ゆへ、彼三民の所作とは事かはり候て、急度つかさどる人を定申さず候ても、其分の樣に候へ共、此義理の筋目、天下にほろび候ては人に廉恥の心なく成、互に相欺き、たがひに相掠め、をのづから畏憚る所もなく、終には子も父を父とせず、臣も君を君とせず、大亂にも及び申事にて候、それゆへ士と申ものをたてゝ、義理をまもらせ、彼三民の上に置申候、平生手をあそばしめてをりながら、百姓町人を思ふさまにをしさげ候へども、かれらもおそれうやまひ申事は、士は職とする所のたかきゆへにて候、しかるところに、當代士として飽迄利欲にふけり、深く金銀をむさぼり、町人等に對し權柄を以て物をしかすむるともがら有之候、
現代語訳
昔から四民といって、天下の人を士農工商の四つに分け置き、それぞれにつかさどる職を付けてきたのである。農は耕作に励んで米や穀物を出し、工はあるいは大工となって家屋を建て、あるいは陶工や鋳物師となって器物を作り、商は売買を営んで有る物と無い物を通わせる。この三民で天下の用を足している。さて、義理というものをひとつだけ、士の職と定めたのである。この義理というものは、色もなく臭いもないものであるから、あの三民の仕事とは違って、きちんとつかさどる人を定めなくても、そのままでよいようであるが、この義理の筋目が天下に滅びたなら、人に廉恥の心がなくなり、互いに欺き合い、互いに奪い合い、自然と畏れ憚るところもなくなって、ついには子も父を父とせず、臣も君を君とせず、大乱にも及ぶことである。そのために士というものを立てて、義理を守らせ、あの三民の上に置いたのである。ふだんは手をあそばせていながら、百姓や町人を思うさま押さえつけるが、彼らも畏れ敬うのは、士の職とするところが高いからである。ところが、近ごろの士には、どこまでも利欲にふけり、深く金銀を貪り、町人たちに対して権柄ずくで物を言いつけ、押し通す輩がいる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『山鹿語類』士道・知己職分人の教にしたがひ、当坐の心にまかせんことは、譬ば暫く其事をなすといへども、実と難成。今云らん処に深く立志て自我職分を糾明し得んには、士たる職こゝに明なるべきなり。凡そ士の職と云は、其身を顧み、主人を得て奉公の忠を尽し、朋輩に交て信を厚くし、身の独りを慎て義を専とするにあり。而して己れが身に父子兄弟夫婦の不得已交接あり。是又天下の万民各なくんば不可有の人倫也といへども、農工商は其職業に暇あらざるを以て、常住相従て其道を不得尽。士は農工商の業をさし置き、此道を専として、三民の間苟くも人倫をみだらん輩をば速に罰して、以て天下に天倫の正しきを待つ。是士に文武之徳知不備ばあるべからず。されば形には劒戟弓馬の用をたらしめ、内には君臣朋友父子兄弟夫婦の道をつとめて、文道心にたり武備外に調て、三民自ら是を師とし是を貴んで、其教にしたがひ其本末をしるにたれり。こゝにをいて士の道たつて、衣食居をつくのい、以て心易かるべく、主君の恩、父母の恵、しばらく報ずるにたりぬべし。此つとめあらざらんには、父母のめぐみを盗、主君の禄を貪て、一生の間唯盗賊の命を全くするに同じ。甚以て嘆息するにたへたり。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段天下の商人に背き、元銀は是、利は是とは分けがたきことなり。偽りにはあらず。是を偽りと云はば、売買なるまじ。売買ならずば、買ふ人は事を欠き、売る人は売れまじ。左様になりゆかば、商人は渡世なくなり、農工と成らん。商人皆農工とならば、財宝を通す者なくして、万民の難儀とならん。士農工商は、天下の治まる相けとなる。四民かけては、助け無かるべし。四民を治めたまふは、君の職なり。君を相くるは、四民の職分なり。士は元来位ある臣なり。農人は草莽の臣なり。商工は市井の臣なり。臣として君を相くるは臣の道なり。商人の売買するは、天下の相けなり。細工人に作料を給はるは工の禄なり。農人に作間を下さるることは、是も士の禄に同じ。
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『初学訓』巻之四一士は、王公大人より下士にいたるまでをいふ。いにしへ、士を立てし本意は、農工商ををさめ養はしめんためなり、民に養はれんためには非ず。凡土地を多く領する人は、我が身ひとりに私せず、倹約にして、奢と私慾なく、民をやしなふを以て心とすれば、其家長く久しく、財宝みちみちて、身の利養ゆたかなり。いにしへ、からやまとの賢君、身に倹約を行ひ、おごりつひえをなし給はざりし故に、たびたび民の貢物をゆるし給へども、後には、倉にたから満ち満ちて、米腐り銭なは朽ちて断れたりとかや。又、公卿より下つかた、士庶人に至るまで、身ををさめて、君によく仕ふれば、君のやしなひを得、財禄をたもちて、利養は求めずして、おのづから其中にあり。しかれば、士たる人は、その官職を専らつとめて、利養は求むべからず。
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『初学訓』巻之四一士は、万民を養ひ助けんための官なり。昔より、其ために其職分を立てたれば、士たる人は、民を憐み恵む志忘るべからず。凡そ道に志ありて義を好み、心直にして情ふかく、偽なくて謹あるは、良士なり。一農は、田をつくる民なり。是人を養ふものなれば、四民の本なり。隙ある時を以て、わづかに使ひ、暇あらしめて、耕作を専に勤めしむべし。農人は、天の時にしたがひて、春夏秋冬のつとめ怠るべからず。又、地の利によりて、其土に宜しき五穀を種うれば、田畠のなりはひよし。其上、倹約にして財を妄に用ひざれば、財多くして、公に貢をそなへ、父母妻子を養ふに乏しからず。又、身をつつしみ、法度を犯さず、公役におこたらず、私用を後にし、土貢をはやく納むれば、罪咎なくして、父母のうれへなく、其心も亦安楽なり、是良農なり。かやうの良農あれば、万民の手本となる。
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『徂徠先生答問書』卷上是のみに限らず。世界の惣体を士農工商の四民に立候事も、古者聖人の御立候事にて、天地自然に四民有之候にては無御座候。農は田を耕して、世界の人を養ひ、工は家器を作りて世界の人につかはせ、商は有無をかよはして世界の人の手伝をなし、士は是を治めて乱れぬやうにいたし候。各其自の役をのみいたし候へ共、相互に助けあひて、一色かけ候ても国土は立不申候。されば人はものすきなる物にて、はなれ〴〵に別なる物にては無之候へば、満世界の人こと〴〵く人君の民の父母となり給ふを助け候役人に候。如是御覧候はゞよく相済可申事に候。此故に士大夫の事を君子と申候。君子と申候は、子は男子の通称にて君徳ある男子と申事にて候。孔子の君子仁を去ていづくんぞ名を成んと被仰候も、君子といふ名は仁よりつけたる物と申事にて御座候。
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『明君家訓』第20条(二)或は馬を好み、或は道具を數寄候體にもてなし、時の利を心がけ候ものは、さながらとり賣伯樂の仕かたにて、これはとかふの僉議に及ばず候、又其程にこそなく候へども、大樣をのれが勝手をもつぱらにして、人にそこなひ有事をしらず、諸事につきて身がちにふるまふものをほく候、かやうの人つねに利害をのみ簡辨いたし候ゆへ、義理の方にはかならずうときものにて候、利にても害にても、そこに心をおかずして、一筋にこゝろざすまゝにおこなひ申にてこそ義理は立申候、されば義理にさときものは利欲にうとく、利欲にさときものは義理にうとく、義理にさときを以て士とし、利欲にさときをもて町人とす、士として利欲にさときは、一向うけられぬ事にて候、さてこそ義理にうとかるべきとをしはかり候、もとより利欲の事をいろはせずして、いさぎよく振舞せんためにこそ、君よりもつねの祿を給はるにてはなく候や、さらば又名字を捨て弓箭を折て、秤錘を腰にもせず、其儘士のさまにて有ながら、町人の行は心得がたく候、むかし公儀休と申もの魯につかへしとき、其家の榮園にあるあふひをくひて、むまく覺ければ、即時にうへしあふひをぬきてすて候、又家にて織し布のよきを見て、はたをりし女を追出し、其機を燔申候、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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