都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
天下ノ商人ニ背キ、元銀ハ是、利ハ是トハ分ガタキコトナリ、僞リニハアラズ、是ヲ僞リト云ハヾ、賣買ナルマジ、賣買ナラズバ、買人ハ事ヲ缺、賣人ハ賣レマジ、左樣ニナリユカバ、商人ハ渡世ナクナリ、農工ト成ラン、商人皆農工トナラバ、財寶ヲ通ス者ナクシテ、萬民ノ難義トナラン、士農工商ハ、天下ノ治ル相トナル、四民カケテハ、助ケ無カルベシ、四民ヲ治メ玉フハ、君ノ職ナリ、君ヲ相ルハ、四民ノ職分ナリ、士ハ元來位アル臣ナリ、農人ハ草莽ノ臣ナリ、商工ハ市井ノ臣ナリ、臣トシテ君ヲ相ルハ臣ノ道ナリ、商人ノ賣買スルハ、天下ノ相ナリ、細工人ニ作料ヲ給ルハ工ノ祿ナリ、農人ニ作間ヲ下サルヽコトハ、是モ士ノ祿ニ同ジ、
新字:天下ノ商人ニ背キ、元銀ハ是、利ハ是トハ分ガタキコトナリ、偽リニハアラズ、是ヲ偽リト云ハヾ、売買ナルマジ、売買ナラズバ、買人ハ事ヲ欠、売人ハ売レマジ、左様ニナリユカバ、商人ハ渡世ナクナリ、農工ト成ラン、商人皆農工トナラバ、財宝ヲ通ス者ナクシテ、万民ノ難義トナラン、士農工商ハ、天下ノ治ル相トナル、四民カケテハ、助ケ無カルベシ、四民ヲ治メ玉フハ、君ノ職ナリ、君ヲ相ルハ、四民ノ職分ナリ、士ハ元来位アル臣ナリ、農人ハ草莽ノ臣ナリ、商工ハ市井ノ臣ナリ、臣トシテ君ヲ相ルハ臣ノ道ナリ、商人ノ売買スルハ、天下ノ相ナリ、細工人ニ作料ヲ給ルハ工ノ禄ナリ、農人ニ作間ヲ下サルヽコトハ、是モ士ノ禄ニ同ジ、
書き下し
天下の商人に背き、元銀は是、利は是とは分けがたきことなり。偽りにはあらず。是を偽りと云はば、売買なるまじ。売買ならずば、買ふ人は事を欠き、売る人は売れまじ。左様になりゆかば、商人は渡世なくなり、農工と成らん。商人皆農工とならば、財宝を通す者なくして、万民の難儀とならん。士農工商は、天下の治まる相けとなる。四民かけては、助け無かるべし。四民を治めたまふは、君の職なり。君を相くるは、四民の職分なり。士は元来位ある臣なり。農人は草莽の臣なり。商工は市井の臣なり。臣として君を相くるは臣の道なり。商人の売買するは、天下の相けなり。細工人に作料を給はるは工の禄なり。農人に作間を下さるることは、是も士の禄に同じ。
現代語訳
「天下の商人に背いて、元値はこれ、利はこれと分けることはできません。偽りではないのです。これを偽りと言うなら、売買は成り立たないでしょう。売買が成り立たなければ、買う人は困り、売る人は売れない。そうなれば商人は暮らしが立たず、農民や職人になるでしょう。商人がみな農工になれば、財宝を流通させる者がいなくなり、万民が困ることになります。士農工商は天下が治まるための助けです。四民のどれが欠けても助けはなくなります。四民を治めるのは主君の職であり、主君を助けるのは四民の職分です。武士はもともと位のある臣、農民は草莽の臣、商人と職人は市井の臣です。臣として主君を助けるのが臣の道です。商人が売買するのは天下の助けです。職人に作料を与えるのは職人の禄であり、農民に作間を下さるのも武士の禄と同じです。」
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段天下万民産業なくして、何を以て立つべきや。商人の買利も、天下御免しの禄なり。夫を汝独り、売買の利ばかりを、欲心にて道なしと云ひ、商人を悪んで断絶せんとす。何を以て商人ばかりを賤しめ嫌ふことぞや。汝今にても、売買の利は渡さずと云ひて、利を引きて渡さば、天下の法破りとなるべし。上より御用仰せ付けらるるにも、利を下さるるなり。然れば商人の利は、御免し有る禄の如し。然れども田地の作得と、細工人の作料と、商人の利とは士の如くに定めて、幾百石幾十石とは云ふべからず。日本唐土にても、売買に利を得ることは定まりなり。定まりの利を得て、職分を勉むれば、自ら天下の用をなす。商人の利を受けずしては家業勉まらず。吾が禄は売買の利なるゆゑに、
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段答ふ、君子は其の知らざる所に於て、蓋し闕如たりと、孔子ものたまふ。凡て知らざることは、闕き置くべきことなり。此の理を知らずして、云ひちらすは、野卑なることにあらずや。扨汝の云へる所は、世の人も疑ふ所なり。総ていへば、道は一なり。然れども士農工商ともに各行ふ道あり。商人は云ふに及ばず、四民の外乞食までに道あり。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段我未だ之を見ずとのたまふ。世界は広きことなれば、鼻を塞いで、不義の物を受くる士も有るべし。若し有らば、士に似て刀を指す盗人にて有らん。事を頼む者より賂をとる、壁を穿つ盗人に同じ。青砥が公事を分明に分くることは、相模守殿を思ひたてまつると云ふなれば、我が身を修め、役目を正しく勉め邪なきは、君への忠臣なり。今治世に、何ぞ不忠の士あらんや。商人も二重の利、密々の金を取るは、先祖への不孝不忠なりとしり、心は士にも劣るまじと思ふべし。商人の道と云ふとも、何ぞ士農工の道に替ること有らんや。孟子も、道は一なりとのたまふ。士農工商、ともに天の一物なり。天に二つの道有らんや。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段買ふ人あれば受くるなり。よぶに従ひて往くは、役目に応じて往くが如し。欲心にあらず。士の道も、君より禄を受けずしては勉まらず。君より禄を受くるを、欲心と云ひて、道にあらずと云はば、孔子孟子を始めとして、天下に道を知る人あるべからず。然るを士農工にはづれて、商人の禄を受くるを欲心と云ひ、道を知るに及ばざる者と云ふは、如何なることぞや。我が教ゆる所は、商人に、商人の道あることを教ゆるなり。全く士農工のことを教ゆるにあらず。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、其の詫人より礼銀を受けとり、事を取り持つは、商人ばかりにて候や。商人の外にも、此の類あるべきことなり。答ふ、商人多くは道を聞かざる故、かやうの類有り。又道を知りて、事を取り捌く者は、左様の不義はせざることなり。仮令御領家領の庄屋年寄にても、上の正しき御政道を受けて、事を取り持つ身として、小百姓より、礼銀などを請け取ること有るべきに非ず。元来士と云はるる身が、下々より密々に、礼銀などを請くることあらば、定めて贔屓の沙汰に至るべし。下々と並んで、何ごとにても取り持つ人を、士と云ふべきか。其は盗人と云ふ者にて、士にはあらず。上にたつ人、下より賂などを受けて、政道たつべきや。仮令当分は知れずとも、天知る地知る我知る人知るなれば、終にはあらはれて、天の罰を受くべし。天罰を知らざる者、天下静謐の世に有るべからず。然れ共売人は士にあらざれば、かやうなる不義有るなり。毫釐ほども道に志あらば、なすべきことに非ず。
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『都鄙問答』卷之一・商人ノ道ヲ問ノ段且つ天下の財宝を通用して、万民の心をやすむるなれば、天地四時流行し、万物育はるると同じく相合はん。此の如くして、富山の如くに至るとも、欲心とはいふべからず。欲心なくして、一銭の費えを惜しみ、青砥左衛門が、五十銭を散じて、十銭を、天下の為に惜しまれし心を味はふべし。此の如くならば、天下公の倹約にもかなひ、天命に合うて福を得べし。福を得て、万民の心を安んずるなれば、天下の百姓といふものにて、常に天下大平を祈るに同じ。且つ御法を守り、我が身を敬むべし。商人といふとも、聖人の道を知らずば、同じ金銀を設けながら、不義の金銀を設け、子孫の絶ゆる理に至るべし。実に子孫を愛せば、道を学びて栄ゆることを致すべし。