柳子新論抄録 / 天民・四つの天民と士の務め
古者所謂天民者。其數四焉。曰士。曰農。曰工。曰商。士善服官政。以勸天下之義。農善務稼穡。以足天下之食。工善制器物。以濟天下之用。商善爲貿易。以通天下之財。此四者。上奉天職。下濟人事。相愛相養。相輔相成。不可以一日相無者也。先王視民。如視其子。民視先王。如視其父母。父母善敎子。子善養父母。而道存其中焉。是以上下和睦。無有怨惡。國以治。人以安。猶且有所憂慮。立官命職。禮樂以導之。號令以敎之。秩祿以富之。爵位以貴之。衣冠以文之。干戈以威之。量之才以命之事。卒之以義。使之以時。賞罰有信。黜陟有典。而後兆民懷之。四國化之。是故士者長四民。共天職者也。士者奉君命。令天下者也。士者行仁義。輔庶政者也。士者體忠信。布德敎者也。當今之時。士氣大衰。內無廉恥之心。外無匡救之功。上廢天職。下誤人事。豈與商賈爭利。妨農傷工。殘害以稱威。飽食暖衣。逸居以稱德。日食其粟。日用其器。不知所以報之。驕奢成俗。身貧家乏。秩祿不贍。而取給於商賈。假而不還。爭論並起。賈豎之黠於利。少成如故。習慣如自然。先爲不可勝。而待敵之可勝。彈唇鼓舌。智巧百出。烏獲爲之怯。
新字:古者所謂天民者。其数四焉。曰士。曰農。曰工。曰商。士善服官政。以勧天下之義。農善務稼穡。以足天下之食。工善制器物。以済天下之用。商善為貿易。以通天下之財。此四者。上奉天職。下済人事。相愛相養。相輔相成。不可以一日相無者也。先王視民。如視其子。民視先王。如視其父母。父母善教子。子善養父母。而道存其中焉。是以上下和睦。無有怨悪。国以治。人以安。猶且有所憂慮。立官命職。礼楽以導之。号令以教之。秩禄以富之。爵位以貴之。衣冠以文之。干戈以威之。量之才以命之事。卒之以義。使之以時。賞罰有信。黜陟有典。而後兆民懐之。四国化之。是故士者長四民。共天職者也。士者奉君命。令天下者也。士者行仁義。輔庶政者也。士者体忠信。布徳教者也。当今之時。士気大衰。内無廉恥之心。外無匡救之功。上廃天職。下誤人事。豈与商賈争利。妨農傷工。残害以称威。飽食暖衣。逸居以称徳。日食其粟。日用其器。不知所以報之。驕奢成俗。身貧家乏。秩禄不贍。而取給於商賈。仮而不還。争論並起。賈豎之黠於利。少成如故。習慣如自然。先為不可勝。而待敵之可勝。弾唇鼓舌。智巧百出。烏獲為之怯。
書き下し
古者の所謂天民なる者は、其の數四つなり。曰く士、曰く農、曰く工、曰く商。士は善く官政に服して、以て天下の義を勸め、農は善く稼穡を務めて、以て天下の食を足らし、工は善く器物を制して、以て天下の用を濟ひ、商は善く貿易を爲して、以て天下の財を通ず。此の四者は、上は天職を奉じ、下は人事を濟ひ、相愛し相養ひ、相輔け相成す。一日も以て相無かるべからざる者なり。先王の民を視ること、其の子を視るが如く、民の先王を視ること、其の父母を視るが如し。父母は善く子を敎へ、子は善く父母を養ひて、道其の中に存す。是を以て上下和睦し、怨惡有ること無く、國以て治まり、人以て安し。猶ほ且つ憂慮する所有り。官を立て職を命じ、禮樂以て之を導き、號令以て之を敎へ、秩祿以て之を富まし、爵位以て之を貴くし、衣冠以て之を文り、干戈以て之を威し、之が才を量りて以て之に事を命じ、卒ふるに義を以てし、之を使ふに時を以てし、賞罰信有り、黜陟典有り。而して後に兆民之に懷き、四國之に化す。是の故に士は四民に長たりて、天職を共にする者なり。士は君命を奉じ、天下に令する者なり。士は仁義を行ひて、庶政を輔くる者なり。士は忠信を體して、德敎を布く者なり。當今の時、士氣大いに衰へ、內に廉恥の心無く、外に匡救の功無し。上は天職を廢し、下は人事を誤る。豈に商賈と利を爭ひ、農を妨げ工を傷つけ、殘害して以て威と稱し、飽食暖衣、逸居して以て德と稱せんや。日に其の粟を食らひ、日に其の器を用ゐて、之に報ゆる所以を知らず。驕奢俗を成し、身貧しく家乏しく、秩祿贍らずして、給を商賈に取り、假りて還さず、爭論並びに起こる。賈豎の利に黠きこと、少くして成るは故の如く、習慣は自然の如し。先づ勝つべからざるを爲して、敵の勝つべきを待つ。彈唇鼓舌、智巧百出、烏獲も之が爲に怯え、
現代語訳
昔のいわゆる天民とは、その数は四つです。士、農、工、商といいます。士は官の政務によく服して天下に義をすすめ、農は稼穡(耕作と収穫)に励んで天下の食を満たし、工は器物をよく作って天下の用を助け、商は交易をよく行って天下の財を通わせます。この四者は、上は天から授かった職分を奉じ、下は人の営みを助け、互いに愛し養い、助け合って成り立たせ、一日も欠かすことはできません。先王が民を見るのは我が子を見るようであり、民が先王を見るのは父母を見るようで、父母はよく子を教え、子はよく父母を養い、道はそこにあります。こうして上下は和らぎ睦み、怨みや憎しみがなく、国は治まり人は安らぎます。それでもなお憂うべきことがあるとして、官を立てて職を命じ、礼楽でこれを導き、号令でこれを教え、俸禄で豊かにし、爵位で尊くし、衣冠で飾り、武器でその威を示しました。才能を量って事を命じ、最後は義によって締めくくり、使うには時を選び、賞罰には信があり、昇進と降格には定めがありました。そうして後に、万民はなつき、四方の国々は教化されました。ですから士は四民の長であって、天の職分を共にする者です。士は君主の命を奉じて天下に令する者です。士は仁義を行って多くの政を助ける者です。士は忠信を身に体して徳の教えを広める者です。今の時代は、士の気風が大いに衰え、内には廉恥の心がなく、外には誤りを正し人を救う功績がありません。上は天の職分を廃し、下は人の営みを誤らせています。商人と利を争い、農を妨げ工を傷つけ、人を害することで威と称し、飽食暖衣して安逸に暮らすことを徳と称してよいものでしょうか。毎日その(農の)粟を食べ、毎日その(工の)器を用いながら、それに報いることを知りません。奢りが習わしとなり、身は貧しく家は乏しく、俸禄で足りずに商人から借りて返さず、争いがあちこちで起こります。商人の利に敏いことは、若くして老練な者と変わらず、習慣は自然のようです。先に勝てない形をつくって、敵に勝てる隙が生じるのを待つ(のが兵法の道)というのに、言葉巧みに知恵を尽くすので、烏獲(古の力士)も怖じ気づき、
解説
この章句が説くこと
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人生を、一行の式にしてみた。
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