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初学訓 / 巻之四

一士は、王公大人より下士にいたるまでをいふ。いにしへ、士を立てし本意は、農工商ををさめ養はしめんためなり、民に養はれんためには非ず。凡土地を多く領する人は、我が身ひとりに私せず、儉約にして、奢と私慾なく、民をやしなふを以て心とすれば、其家長く久しく、財寶みちみちて、身の利養ゆたかなり。いにしへ、からやまとの賢君、身に儉約を行ひ、おごりつひえをなし給はざりし故に、たびたび民の貢物をゆるし給へども、後には、倉にたから滿ち滿ちて、米腐り錢なは朽ちて斷れたりとかや。又、公卿より下つかた、士庶人に至るまで、身ををさめて、君によく仕ふれば、君のやしなひを得、財祿をたもちて、利養は求めずして、おのづから其中にあり。しかれば、士たる人は、その官職を專らつとめて、利養は求むべからず。

新字:一士は、王公大人より下士にいたるまでをいふ。いにしへ、士を立てし本意は、農工商ををさめ養はしめんためなり、民に養はれんためには非ず。凡土地を多く領する人は、我が身ひとりに私せず、倹約にして、奢と私慾なく、民をやしなふを以て心とすれば、其家長く久しく、財宝みちみちて、身の利養ゆたかなり。いにしへ、からやまとの賢君、身に倹約を行ひ、おごりつひえをなし給はざりし故に、たびたび民の貢物をゆるし給へども、後には、倉にたから満ち満ちて、米腐り銭なは朽ちて断れたりとかや。又、公卿より下つかた、士庶人に至るまで、身ををさめて、君によく仕ふれば、君のやしなひを得、財禄をたもちて、利養は求めずして、おのづから其中にあり。しかれば、士たる人は、その官職を専らつとめて、利養は求むべからず。

書き下し

一士は、王公大人より下士にいたるまでをいふ。いにしへ、士を立てし本意は、農工商ををさめ養はしめんためなり、民に養はれんためには非ず。凡土地を多く領する人は、我が身ひとりに私せず、倹約にして、奢と私慾なく、民をやしなふを以て心とすれば、其家長く久しく、財宝みちみちて、身の利養ゆたかなり。いにしへ、からやまとの賢君、身に倹約を行ひ、おごりつひえをなし給はざりし故に、たびたび民の貢物をゆるし給へども、後には、倉にたから満ち満ちて、米腐り銭なは朽ちて断れたりとかや。又、公卿より下つかた、士庶人に至るまで、身ををさめて、君によく仕ふれば、君のやしなひを得、財禄をたもちて、利養は求めずして、おのづから其中にあり。しかれば、士たる人は、その官職を専らつとめて、利養は求むべからず。

現代語訳

士とは、王公や大人から下級の士に至るまでをいいます。昔、士を立てた本意は、農工商を治め養わせるためであって、民に養われるためではありません。およそ土地を多く治める人は、わが身一人のために私せず、倹約して、奢りや私欲がなく、民を養うことを心とすれば、その家は長く久しく、財宝は満ち満ちて、身の利養も豊かです。昔、中国や日本の賢い君主は、身に倹約を行い、奢りや浪費をなさらなかったので、たびたび民の年貢を免除されたけれども、後には倉に宝が満ち満ちて、米は腐り、銭をつなぐ縄は朽ちて切れたといいます。また公卿から下、士や庶民に至るまで、身を修めて主君によく仕えれば、主君の養いを得て財禄を保ち、利養は求めなくても自然にその中にあります。だから士である人は、その官職をひたすら務めて、利養を求めてはいけません。

解説

士は民に養われるためではなく、民を治め養うためにあるという、統治者の本来の役割を説く条です。倹約して民を養えば、年貢を免じてもかえって倉は満ちるという話は、『史記』平準書に、漢の都の倉で粟が腐り、銭をつなぐ縄が朽ちたとある豊かさの記述を踏まえています。組織の上に立つ人が私腹を肥やさず、現場や顧客のために尽くせば、結果として組織は豊かになります。役職は特権ではなく、人を支えるための務めなのだと教えています。

この章句が説くこと

士民倹約統治利養

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