明君家訓 / 第4条
家中の士常々不懈節義を嗜可申候、一言一行も士の道にをゐて、不免議成事有べからず候、節義の嗜と申は、口に僞をいはず、身に私をかまへず、心すなをにして外にかざりなく、作法不亂、禮義正しく、上に不諂、下を不慢、をのれが約諾をたがへず、人の患難を見捨ず、かひ〱しくたのもしく、假初にも下ざまの賤しき物がたり、惡口など言葉の端にも不出、さて、耻を知て首を刎らるとも、おのれがすまじき事はせず、死すべき塲をば一足も不引、常に義理をおもんじて、其心鐵石のごとく成物からしも、又温和慈愛にして、物のあはれをしり、人に情有を、節義の士とは申候、平生心がけなく、うか〱と日を送り候はゞ、誠以古人のいはゆる醉生夢死に候はずや、
新字:家中の士常々不懈節義を嗜可申候、一言一行も士の道にをゐて、不免議成事有べからず候、節義の嗜と申は、口に偽をいはず、身に私をかまへず、心すなをにして外にかざりなく、作法不乱、礼義正しく、上に不諂、下を不慢、をのれが約諾をたがへず、人の患難を見捨ず、かひ〱しくたのもしく、仮初にも下ざまの賤しき物がたり、悪口など言葉の端にも不出、さて、耻を知て首を刎らるとも、おのれがすまじき事はせず、死すべき塲をば一足も不引、常に義理をおもんじて、其心鉄石のごとく成物からしも、又温和慈愛にして、物のあはれをしり、人に情有を、節義の士とは申候、平生心がけなく、うか〱と日を送り候はゞ、誠以古人のいはゆる酔生夢死に候はずや、
書き下し
家中の士常々不懈節義を嗜可申候、一言一行も士の道にをゐて、不免議成事有べからず候、節義の嗜と申は、口に僞をいはず、身に私をかまへず、心すなをにして外にかざりなく、作法不亂、禮義正しく、上に不諂、下を不慢、をのれが約諾をたがへず、人の患難を見捨ず、かひ〱しくたのもしく、假初にも下ざまの賤しき物がたり、惡口など言葉の端にも不出、さて、耻を知て首を刎らるとも、おのれがすまじき事はせず、死すべき塲をば一足も不引、常に義理をおもんじて、其心鐵石のごとく成物からしも、又温和慈愛にして、物のあはれをしり、人に情有を、節義の士とは申候、平生心がけなく、うか〱と日を送り候はゞ、誠以古人のいはゆる醉生夢死に候はずや、
現代語訳
家中の士は常に怠らず節義をたしなむべきである。一言一行も、士の道において詮議されて問題となるようなことがあってはならない。節義のたしなみとは、口に偽りを言わず、身に私を構えず、心は素直で外に飾りがなく、作法は乱れず礼儀は正しく、上にへつらわず下を侮らず、自分の約束を違えず、人の患難を見捨てず、てきぱきと頼もしく、かりそめにも下々の卑しい話や悪口などを言葉の端にも出さないことである。そして、恥を知って、首をはねられようとも自分がすまじきことはせず、死ぬべき場では一歩も引かず、常に義理を重んじ、その心は鉄石のようでありながら、また温和で慈愛があり、物の哀れを知り、人に情があること、これを節義の士と言う。平生の心がけがなく、うかうかと日を送るのなら、まことに古人のいわゆる酔生夢死ではないか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『法句経』第十八 塵垢の部 二四四〜二四七 慚なき者の生活は易し二四四 慚なく、強顔に、悪性に、驕傲に、大胆に、敗徳の人には生活は易し。 二四五 然るに、慚あり、常に清浄を求め、執著なく、謙譲に、清浄に活命し、智見ある人には生活は難し。 二四六 人若し動物を殺し、妄語を為し、世の中に於て与へざるを取り、他の妻を犯し、 二四七 窣羅、迷麗耶酒に沈湎するならば、現世に於て既に彼は己の根を掘るものなり。
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『武道初心集』義不義(二)又は卒中風などの急病を煩ひ出し。即時に相果候義有之時は。右金子を預けたるも預りたる者とては壹人も無之候。然るに扱も笑止なる仕合かなと。痛ましく思ふ心より外には毛頭も邪念なく。右預り置たる金子の義を。其ものゝ親類へ申理り。早速返し遣はすは是眞によく義を行ふ人と可申候。次は右の金子と申は。大抵の知人までにて。左のみ入魂と申にも無之。預りたる金子の義は。外に知りたる者なければ。何方より問尋ねのあるべき事にも非ず。折しも我手前も不如意なれば。幸の義なり。是は沙汰なしに致し置ても苦しかるまじきかと。邪念のさし出候を。扱もむさき意地出たる物かなと。我と我心を恥しめ。急度分別を致しかへ。件の金子を返すは。是を心に恥て義を行ふ人と可申候。又其次は。右の金子預り置候を。妻子召使のものの中に於て。壹人にても存じたるもの有之に付。其者のおもわくを恥。後日の沙汰を憚りて。其金を返すは。是人に恥て義を行ふ人と可申候。但し如此なるは。一向に知りたる人さへ無くば如何あるべきや。去りながら。是も亦義を知て行ふ人に非ずとは申がたく候。總じて義を行ふ修行の心得と申は。我妻子召使を初め。身に親しき輩の下墨を第一に恥愼しみ。それより廣く他人の誹り嘲りを。
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『講孟余話』告子下 第二章此の章、徐行疾行を以て孝弟を論じ、言行衣服を以て堯桀を分つ。言浅近なりと云へども、其の然る所以の故を求めば、性の本然道の全体具に茲に存するは勿論なり。然れども心を舎てて言行を論ずるは至論に非ず。若し此の論のみを信ぜば、巧言令色、足恭色荘の者を以て孝弟とし、堯舜とするの誤りあらん。又或は義外の説に陥り、道を以て偽となすに近からん。是れ亦思はざるべからず。故に註に「詳らかにするに曹交の間、浅陋麤率、必ず其の進見の時、礼貌衣冠言動の間、多く礼に循はず、故に孟子之に告ぐること此の両節の如し」と云ふとあり。然れども曹交の浅陋麤率専ら言語上に於て求むべからず。唯言語外に於て其の精神を想像すべし。然らずんば十尺九尺の言浅陋の如しと云へども、上篇第七章足口耳目の喩の如きも亦相類すと云ふべし。故に其の浅陋の所は十尺九尺に非ず、其の言語動作の間少しも精神なきのみ。又梁襄王を以て曹交に比し、其の優劣を臆度せんに、襄王は小才ありて絶えて実心なし。曹交は遅鈍の極みと云へども、却つて少しの実心あり。故に襄王は必ず事を誤る人なり。曹交に至りては却つて大誤なかるべし。千古の人を懸空に論ずるは無益なれども、亦致格の一端ならんか。
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説苑・說叢士は利を以て移らず、患を為して改めず、孝敬忠信の事立てば、死すと雖も悔いず。智にして私を用うるは、愚にして公を用うるに如かず。故に曰く、巧偽は拙誠に如かずと。學問倦まざるは、己を治むる所以なり。教誨厭わざるは、人を治むる所以なり。虛無を貴ぶ所以の者は、變に應じて時に合するを得ればなり。冠故しと雖も、必ず首に加う。履新たなりと雖も、必ず足に關す。上下分有り、相倍くべからず。一心は以て百君に事うべく、百心は以て一君に事うべからず。故に曰く、心を正しくし、又た言を少なくせよと。
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史記 扁鵲倉公列伝時に未だ往かざるに、会々慶の子男殷来りて馬を献ず。師光に因りて馬を王の所に奏す。意故を以て殷と善きを得たり。光又意を殷に属して曰く、『意は数を好む。公必ず謹みて之を遇せよ。其の人は聖儒なり』と。即ち書を為りて意を以て陽慶に属す。故を以て慶を知る。臣意慶に事ふること謹む。故を以て意を愛するなり」と。臣意に問ひて曰く、「吏民嘗て事として意の方を学び、及び畢く尽く意の方を得たるもの有りや不や。何れの県里の人ぞ」と。対へて曰く、「臨菑の人宋邑。邑学ぶ。臣意教ふるに五診を以てすること、歳余。済北王太医高期・王禹を遣はして学ばしむ。臣意教ふるに経脈の高下及び奇絡の結、当に俞の居る所を論ずべきこと、及び気の当に上下出入すべき邪正逆順、以て鑱石に宜しきこと、砭灸の処を定むることを以てすること、歳余。菑川王時に太倉の馬長馮信を遣はして方を正さしむ。臣意教ふるに案法逆順、薬法を論じ、五味及び和斉湯法を定むることを以てす。高永侯の家丞杜信、脈を喜み、来り学ぶ。臣意教ふるに上下経脈五診を以てすること、二歳余。臨菑の召里の唐安来り学ぶ。臣意教ふるに五診上下経脈、奇咳、四時陰陽に応ずるの重を以てす。未だ成らずして、除せられて斉王の侍医と為る」と。臣意に問ふ、「病を診し死生を決するに、能く全く失無きか」と。臣意対へて曰く、「意病人を治するに、必ず先づ其の脈を切して、乃ち之を治す。敗逆なる者は治すべからず。其の順なる者は乃ち之を治す。心脈に精しからず、期する所の死生、治すべきを視るに、時時之を失す。臣意全くする能はざるなり」と。太史公曰く、女は美悪と無く、宮に居れば妒まる。士は賢不肖と無く、朝に入れば疑はる。故に扁鵲は其の伎を以て殃せられ、倉公乃ち跡を匿して自ら隠れて刑に当たる。緹縈尺牘を通じ、父以て後に寧きを得たり。故に老子曰く、「美好なる者は不祥の器なり」と。豈に扁鵲等を謂ふか。倉公の若き者は、之に近しと謂ふべし。手の三陽の脈は、手より頭に至るまで長さ五尺、五六合して三丈。
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尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
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