明君家訓 / 第3条
各々父母には孝順をつくし、兄弟には友愛を專とし、親族は遠類たりといふとも、筋目をちがへず念頃に申通じ、傍輩にはたがひに、信を本として心底に僞を不挾、家來には憐愍を可被加候、是等は肝要の儀に候間、常々こゝろがけ尤候、右申通學問いたされ候へば、聖賢の書は皆是等の免議にて候、某が口舌をつゐやし候に不及事にて候、
新字:各々父母には孝順をつくし、兄弟には友愛を専とし、親族は遠類たりといふとも、筋目をちがへず念頃に申通じ、傍輩にはたがひに、信を本として心底に偽を不挟、家来には憐愍を可被加候、是等は肝要の儀に候間、常々こゝろがけ尤候、右申通学問いたされ候へば、聖賢の書は皆是等の免議にて候、某が口舌をつゐやし候に不及事にて候、
書き下し
各々父母には孝順をつくし、兄弟には友愛を專とし、親族は遠類たりといふとも、筋目をちがへず念頃に申通じ、傍輩にはたがひに、信を本として心底に僞を不挾、家來には憐愍を可被加候、是等は肝要の儀に候間、常々こゝろがけ尤候、右申通學問いたされ候へば、聖賢の書は皆是等の免議にて候、某が口舌をつゐやし候に不及事にて候、
現代語訳
皆、父母には孝順を尽くし、兄弟には友愛を専らとし、親族は遠縁であっても筋目を違えずにねんごろに交わり、同僚とは互いに信を本として心に偽りを挟まず、家来には憐れみを加えよ。これらは肝要なことであるから、常々心がけるのがよい。右のとおり学問をすれば、聖賢の書はみなこれらを論じたものであるから、私が口を費やすまでもないことである。
解説
この段は短く、名君が家中の士に求める人倫の基本を並べます。父母には孝順を尽くし、兄弟には友愛を専らとし、遠い親族でも筋目を違えず、同僚とは信を本にして偽りを挟まず、家来には憐れみを加えるという五つです。名君は、前段のように学問をすれば聖賢の書はみなこれらを論じているのだから、自分が言葉を費やすまでもないと述べて話を締めます。学問の目的が、特別な知識ではなく身近な人間関係の正しさにあると示す箇所です。現代でも、家族への配慮、同僚との誠実さ、部下への思いやりという日常の基本を欠いたまま、実績や知識だけを誇る人は信頼されにくいでしょう。
この章句が説くこと
孝行友愛信憐愍人倫明君家訓
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