明君家訓 / 第1条二
又は生質不肖に候間、加樣に申候てもわが身の惡事をつよく被諫候はゞ、不快の顏色見へ申儀も可有之候間、かさねて懲被申樣にいたしなし可申哉、其段は隨分嗜可申候、萬一其氣味見へ候共、一旦の儀にて、始終の心底は弓箭を以て唯今申通に候、惣じて某心底内外の儀に付、をのれが惡事を、人にかくし申儀無之候間、見及聞及被申所、何事によらず、機嫌をはからはず諫言をたのみ申候、たとひ、其事不愜候共、虚實は搆ひなく候、たとへば、遊興をこのみ候が、少にても自由の振舞候か、女色に耽候か、奧方に驕ありてか、おのれが威勢をつのり候か、才智にほこり候か、諫言を不用候か、賞罰不正候か、賢臣を遠け、佞臣を近け候か、文道に疎く候か、武備をわすれ候か、家臣百姓にいたるまで憐愍これなく候か、無用の器物を翫び候て金銀を費し候か、作事をこのみ候て人力をやぶり候か、加樣の儀自分に存寄分に候、此外にもおもひよられ候事有之候はゞ、對顏の節直になりとも、又は書付にて成共可被指越候、秘申度事に候はゞ封候て尤に候、取次の者少も延引候はゞ可爲不屆候、勿論一覽にも不及其儘可達之候、
新字:又は生質不肖に候間、加様に申候てもわが身の悪事をつよく被諫候はゞ、不快の顔色見へ申儀も可有之候間、かさねて懲被申様にいたしなし可申哉、其段は随分嗜可申候、万一其気味見へ候共、一旦の儀にて、始終の心底は弓箭を以て唯今申通に候、惣じて某心底内外の儀に付、をのれが悪事を、人にかくし申儀無之候間、見及聞及被申所、何事によらず、機嫌をはからはず諫言をたのみ申候、たとひ、其事不愜候共、虚実は搆ひなく候、たとへば、遊興をこのみ候が、少にても自由の振舞候か、女色に耽候か、奥方に驕ありてか、おのれが威勢をつのり候か、才智にほこり候か、諫言を不用候か、賞罰不正候か、賢臣を遠け、佞臣を近け候か、文道に疎く候か、武備をわすれ候か、家臣百姓にいたるまで憐愍これなく候か、無用の器物を翫び候て金銀を費し候か、作事をこのみ候て人力をやぶり候か、加様の儀自分に存寄分に候、此外にもおもひよられ候事有之候はゞ、対顔の節直になりとも、又は書付にて成共可被指越候、秘申度事に候はゞ封候て尤に候、取次の者少も延引候はゞ可為不届候、勿論一覧にも不及其儘可達之候、
書き下し
又は生質不肖に候間、加樣に申候てもわが身の惡事をつよく被諫候はゞ、不快の顏色見へ申儀も可有之候間、かさねて懲被申樣にいたしなし可申哉、其段は隨分嗜可申候、萬一其氣味見へ候共、一旦の儀にて、始終の心底は弓箭を以て唯今申通に候、惣じて某心底内外の儀に付、をのれが惡事を、人にかくし申儀無之候間、見及聞及被申所、何事によらず、機嫌をはからはず諫言をたのみ申候、たとひ、其事不愜候共、虚實は搆ひなく候、たとへば、遊興をこのみ候が、少にても自由の振舞候か、女色に耽候か、奧方に驕ありてか、おのれが威勢をつのり候か、才智にほこり候か、諫言を不用候か、賞罰不正候か、賢臣を遠け、佞臣を近け候か、文道に疎く候か、武備をわすれ候か、家臣百姓にいたるまで憐愍これなく候か、無用の器物を翫び候て金銀を費し候か、作事をこのみ候て人力をやぶり候か、加樣の儀自分に存寄分に候、此外にもおもひよられ候事有之候はゞ、對顏の節直になりとも、又は書付にて成共可被指越候、秘申度事に候はゞ封候て尤に候、取次の者少も延引候はゞ可爲不屆候、勿論一覽にも不及其儘可達之候、
現代語訳
また、私は生まれつき不肖であるから、このように言っても、わが身の悪事を強く諫められたら、不快な顔色を見せることもあるかもしれない。そのため、重ねて懲りて諫言をしないようにさせてしまうのではないか。その点はできるだけ慎むつもりである。万一そうした気配が見えても、一時のことであって、終始の心底は弓矢にかけて今述べたとおりである。総じて私は、心の内外のことについて、自分の悪事を人に隠すことはないので、見聞きしたことは何事によらず、機嫌をはからずに諫言を頼む。たとえそのことが気に入らなくても、事の真偽は構わない。たとえば、遊興を好んで少しでも勝手な振る舞いをしているか、女色に耽っているか、奥方に驕りがあるか、自分の威勢を募らせているか、才智を誇っているか、諫言を用いないか、賞罰が不正か、賢臣を遠ざけ佞臣を近づけているか、学問に疎いか、武備を忘れているか、家臣や百姓に至るまで憐れみがないか、無用の器物を愛玩して金銀を費やしているか、普請を好んで人力を損なっているか。こうしたことは自分で思い当たることである。このほかにも思い当たることがあれば、対面のときに直接でも、または書付でも、差し出してほしい。内密に申したいことなら封をして出すのがよい。取次の者が少しでも遅らせたなら不届きとする。もちろん一覧するまでもなく、そのまま私に届けよ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『晏子春秋』問下・景公問國如何則謂安晏子對以內安政外歸義/景公問諸侯孰危晏於對以莒其先亡景公、晏子に問いて曰く、「国如何なれば則ち安しと謂う可きか」と。晏子対えて曰く、「下に諱言無く、官に怨治無く、通人は華ならず、窮民は怨まず、喜楽に羨賞無く、忿怒に羨刑無く、上は士に礼有り、下は民に恩有り。地博くして小を兼ねず、兵強くして弱を劫かさず。百姓、内は其の政を安んじ、外は其の義に帰す。安しと謂う可し」と。景公、晏子に問いて曰く、「当今の時、諸侯孰れか危うき」と。晏子対えて曰く、「莒、其れ先ず亡びんか」と。公曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「地は斉に侵され、貨は晋に竭く。是を以て亡ぶなり」と。
-
『晏子春秋』外篇上・景公問治國之患晏子,對以佞人讒夫在君側景公晏子に問うて曰く、「国を治むるの患い、亦常有るか」と。対えて曰く、「佞人讒夫の君が側に在る者、良臣を好悪して、行いを小人に与う。此れ国を治むるの常の患いなり」と。公曰く、「讒佞の人は、則ち誠に不善なり。然りと雖も、則ち奚ぞ曾ち国の常の患いと為さんや」と。晏子曰く、「君以て耳目と為して好んで事を謀らば、則ち是れ君の耳目繆れるなり。夫れ上は君の耳目を乱し、下は群臣をして皆其の職を失わしむ。豈に誠に患うるに足らざらんや」と。公曰く、「是くの如きか。寡人将に之を去らんとす」と。晏子曰く、「公は去ること能わざるなり」と。公忿然として色を作して説ばず、曰く、「夫子何ぞ寡人を少んずることの甚だしき」と。対えて曰く、「臣何ぞ敢えて撟らんや。夫れ能く自ら君に周き者は、才能皆常に非ず。夫れ大不誠を中に蔵する者は、必ず小誠を外に謹み、以て其の大不誠を成す。入りては則ち君の嗜欲を求めて能く之に順い、君良臣を怨めば、則ち其の往失を具えて之を益す。出でては則ち威を行いて以て富を取る。夫れ何ぞ密近にして、大利に変ぜられず、務めて君と義を至くする者は、此れ見難く且つ知り難きなり」と。公曰く、「然らば則ち先聖は奈何せん」と。
-
言志四録・言志耋録 第二百五十二条 人臣も上情に通ずべし人君為る者は、宜しく下情に通ずべきこと、固よりなり。人臣為る者も、亦宜しく上情に通ずべし。不ずんば則ち諫諍的ならず。
-
史記 淮陰侯列伝後九月、代の兵を破り、夏説を閼与に禽にす。信の魏を下し代を破るや、漢輒ち人をして其の精兵を収めしめ、滎陽に詣りて以て楚を距がしむ。信張耳と兵数万を以て、東のかた井陘を下りて趙を撃たんと欲す。趙王・成安君陳余漢の且に之を襲はんとするを聞き、兵を井陘口に聚め、二十万と号す。広武君李左車成安君に説きて曰く、「聞く漢将韓信西河を渉り、魏王を虜にし、夏説を禽にし、新たに閼与に喋血し、今乃ち輔くるに張耳を以てし、議して趙を下さんと欲すと。此れ勝に乗じて国を去ること遠く闘ふ。其の鋒当たるべからず。臣聞く、千里糧を餽れば、士に飢色有り、樵蘇して後に爨げば、師宿飽せずと。今井陘の道は、車方軌するを得ず、騎列を成すを得ず、行くこと数百里、其の勢ひ糧食必ず其の後に在り。願はくは足下臣に奇兵三万人を仮せ。間道より其の輜重を絶たん。足下は溝を深くし塁を高くし、営を堅くして与に戦ふ勿かれ。彼前むも闘ふを得ず、退くも還るを得ず、吾が奇兵其の後を絶ち、野をして掠むる所無からしめば、十日に至らずして、両将の頭戯下に致すべし。願はくは君臣の計に留意せよ。否ずんば、必ず二子の禽とする所と為らん」と。成安君は儒者なり。常に義兵は詐謀奇計を用ゐずと称し、曰く、「吾聞く兵法に十なれば則ち之を囲み、倍なれば則ち戦ふと。今韓信の兵数万と号するも、其の実は数千に過ぎず。能く千里にして我を襲ふも、亦已に罷極せり。今此くの如くして避けて撃たずんば、後に大なる者有らば、何を以て之に加へん。則ち諸侯吾を怯と謂ひて、軽んじて来りて我を伐たん」と。広武君の策を聴かず。広武君の策用ゐられず。韓信人をして間視せしめ、其の用ゐられざるを知りて還報すれば、則ち大いに喜び、乃ち敢へて兵を引きて遂に下る。未だ井陘口に至らざること三十里にして、止まりて舎す。
-
『配所残筆』配所殘筆(33)拙者儀者保科公へ不奉懸御目候間不奉存候由申上候得者。其方存寄はいかゝと被仰候故。不奉得尊意風聞迄にて。申上候事は必相違多御座候者に候間。難申上奉存候由申上候へ共。達而御尋被成候故私申上候は。風聞迄に而申上候はゞ。御學問之筋乍慮外私共存候とは御相違御座候樣に奉存候由申上候得者。被仰候には。此方も左樣に被思召候との御事に御座候。次に京都之所司代者誰を差候哉と被仰候故。拙者は不承候由申上候へば。石谷市右衞門殿永井伊賀守殿を指候由御申候。私申上候者。永井公者御年若に被成御座候旨申上候へば。被仰候者。年之老若には寄申間敷候。營量次第の事にて可有之由被仰候。次に世間如何樣に風聞候哉を御尋被成候間。私申上候者。世上之風聞一圓不承候。風聞者指而益も無御座御事かと申上候者。御歴々樣方にさへ賢人君子は少く御座候。然者下々には能者は大方無御座候。若能者御座候へ者。風聞など申候事も御座候間敷。有風聞者大方御大名衆へ御出入仕候輕町人風情世上に賢き者之申候事に御座候と申上候得ば。其世上に賢き者申候事にて能候由被仰候間。私申上候者。乍恐左樣の者不奉存候。世間にかしこき者は御時代之勢ひを能務申候間。上々樣の能々思召候者を能く申。御にくみ被成候者をば惡申候。少も委申候者をばさゝへ候而。我身之立候樣に取廻し候。人之事も能樣に申候而。實者そしり惡申候。如斯者の申候御事御許容被遊候御事は大事の儀に奉存候由申上候得者。古より堯舜も賤き者に事を尋られしと有之と被仰候故。私申上候者。
-
『晏子春秋』諫上・景公信用讒佞賞罰失中晏子諫景公讒佞を信用し、功無きを賞し、辜無きを罰す。晏子諫めて曰く、「臣聞く、明君は聖人を望みて其の教えを信じ、讒佞を聴きて以て誅賞するを聞かず、と。今、左右と相い説び頌えて曰く、『死者に比べて勉めて楽しみを為さんか、吾安んぞ能く仁を為して愈いよ民を黥するのみ』と。故に内に寵せらるる妾は、国に迫り奪い、外に寵せらるる臣は、鄙に矯り奪い、法を執る吏は、並びに百姓に荷う。民は愁苦約病して、奸は驅り尤いよ佚え、情を隠し悪を奄い、其の上を蔽い諂う、故に至聖大賢有りと雖も、豈に能く若き讒に勝たんや。是を以て忠臣の常に災傷有るなり。臣聞く、古の士は、与に之を得可く、与に之を失う可からず、与に之を進む可く、与に之を退く可からず、と。臣請う之を逃れん」と。遂に馬に鞭ちて出ず。公韓子休をして追わしめて曰く、「孤不仁にして、教えに順う能わず、以て此の極みに至る。夫子休国は焉くにか往かん。寡人将に従いて後あらんとす」と。晏子遂に馬に鞭ちて返る。其の僕曰く、「向の去ること何ぞ速かなる。今の返ること又何ぞ速かなる」と。晏子曰く、「子の知る所に非ず、公の言至れり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る