明訓一班抄抄録 / 諫言を用べき事・役御免を願い出た板倉周防守
板倉周防守重宗、所司代の時關東に下向し逗留の中、飛鳥井大納言を御用の事有、御老中へ被仰付召させられ候時、俄に周防守御役御免の願、酒井讃岐守迄申上ければ、讃岐守申は、只今何事にて御訴訟候哉驚入候只差置れ然るべしと申ければ、周防守申は兎角存寄候間仰上られ下さるべき由なり、松平伊豆守是を聞、如何成存寄にや以の外の事なり是非相止られ候へと申ければ、周防守聞て、讃岐守には久ゝ御役をも勤めらるゝ故合點にもあるべく候、御自分抔の合點參る事にてなく候、若御取次下されまじくば直訴仕るべしと申ければ、讃岐守是非なく御前へ罷出申上けるは、御機嫌恐入候得共板倉周防守御役御免遊さるゝ樣にと達て御訴訟仕候旨申上ければ、御前も御笑ひ遊され是へ呼候へとの上意なれば、讃岐守周防守を同道御前へ罷出候時、御誤り遊され候堪忍仕候て相務べきとの上意なり、其時讃岐守周防守に向ひ難有上意と申ければ、周防守ありがたしとは申ずして御尤なる御儀と奉存候、此上意の上は奉畏候と御請を申退出す、時に讃岐守も御前を立、御次の間にて周防守に向ひ申けるは御意の趣、御役の御訴訟、御請の致方共に心得がたし、如何の思召にて斯は申上られたるぞと問ければ、周防守申は、其儀は乍恐御身を分られ禁裏守護に西國迄の御名代に京都に差置れ候事にて、幸ひ此度江戶に罷出申候間、此度飛鳥井は某を以て召さるべき事なるを、御直に召し候へば、御自分諸司代職御勤遊さると申物に候へば、我等御役儀無用の事と存じ御訴訟申候、然るを聞し召分られ御あやまり遊さるゝとの上意故、御尤の御儀なる由申上候と申候、
新字:板倉周防守重宗、所司代の時関東に下向し逗留の中、飛鳥井大納言を御用の事有、御老中へ被仰付召させられ候時、俄に周防守御役御免の願、酒井讃岐守迄申上ければ、讃岐守申は、只今何事にて御訴訟候哉驚入候只差置れ然るべしと申ければ、周防守申は兎角存寄候間仰上られ下さるべき由なり、松平伊豆守是を聞、如何成存寄にや以の外の事なり是非相止られ候へと申ければ、周防守聞て、讃岐守には久ゝ御役をも勤めらるゝ故合点にもあるべく候、御自分抔の合点参る事にてなく候、若御取次下されまじくば直訴仕るべしと申ければ、讃岐守是非なく御前へ罷出申上けるは、御機嫌恐入候得共板倉周防守御役御免遊さるゝ様にと達て御訴訟仕候旨申上ければ、御前も御笑ひ遊され是へ呼候へとの上意なれば、讃岐守周防守を同道御前へ罷出候時、御誤り遊され候堪忍仕候て相務べきとの上意なり、其時讃岐守周防守に向ひ難有上意と申ければ、周防守ありがたしとは申ずして御尤なる御儀と奉存候、此上意の上は奉畏候と御請を申退出す、時に讃岐守も御前を立、御次の間にて周防守に向ひ申けるは御意の趣、御役の御訴訟、御請の致方共に心得がたし、如何の思召にて斯は申上られたるぞと問ければ、周防守申は、其儀は乍恐御身を分られ禁裏守護に西国迄の御名代に京都に差置れ候事にて、幸ひ此度江戸に罷出申候間、此度飛鳥井は某を以て召さるべき事なるを、御直に召し候へば、御自分諸司代職御勤遊さると申物に候へば、我等御役儀無用の事と存じ御訴訟申候、然るを聞し召分られ御あやまり遊さるゝとの上意故、御尤の御儀なる由申上候と申候、
書き下し
板倉周防守重宗、所司代の時關東に下向し逗留の中、飛鳥井大納言を御用の事有、御老中へ被仰付召させられ候時、俄に周防守御役御免の願、酒井讃岐守迄申上ければ、讃岐守申は、只今何事にて御訴訟候哉驚入候只差置れ然るべしと申ければ、周防守申は兎角存寄候間仰上られ下さるべき由なり、松平伊豆守是を聞、如何成存寄にや以の外の事なり是非相止られ候へと申ければ、周防守聞て、讃岐守には久ゝ御役をも勤めらるゝ故合點にもあるべく候、御自分抔の合點參る事にてなく候、若御取次下されまじくば直訴仕るべしと申ければ、讃岐守是非なく御前へ罷出申上けるは、御機嫌恐入候得共板倉周防守御役御免遊さるゝ樣にと達て御訴訟仕候旨申上ければ、御前も御笑ひ遊され是へ呼候へとの上意なれば、讃岐守周防守を同道御前へ罷出候時、御誤り遊され候堪忍仕候て相務べきとの上意なり、其時讃岐守周防守に向ひ難有上意と申ければ、周防守ありがたしとは申ずして御尤なる御儀と奉存候、此上意の上は奉畏候と御請を申退出す、時に讃岐守も御前を立、御次の間にて周防守に向ひ申けるは御意の趣、御役の御訴訟、御請の致方共に心得がたし、如何の思召にて斯は申上られたるぞと問ければ、周防守申は、其儀は乍恐御身を分られ禁裏守護に西國迄の御名代に京都に差置れ候事にて、幸ひ此度江戶に罷出申候間、此度飛鳥井は某を以て召さるべき事なるを、御直に召し候へば、御自分諸司代職御勤遊さると申物に候へば、我等御役儀無用の事と存じ御訴訟申候、然るを聞し召分られ御あやまり遊さるゝとの上意故、御尤の御儀なる由申上候と申候、
現代語訳
板倉周防守重宗が所司代であったとき、関東に下向して逗留している間に、飛鳥井大納言を御用のことで召すため、御老中へ仰せつけられて召されました。そのとき、突然、周防守は役御免の願いを酒井讃岐守に申し上げました。讃岐守は、「ただ今何事で御訴訟か、驚き入ります。ただ置かれるのがよろしい」と言いました。周防守は、「とにかく存じ寄りがあるので、仰せ上げられたく」と言いました。松平伊豆守がこれを聞き、「どのような存じ寄りか、以ての外のことです。ぜひお止めなさい」と言うと、周防守は聞いて、「讃岐守には久しく御役を勤められているゆえ、合点もあるでしょうが、あなたのような方が合点の行くことではありません。もしお取り次ぎくださらないなら、直訴いたします」と言いました。讃岐守はやむなく御前へ罷り出て、「ご機嫌に恐れ入りますが、板倉周防守が御役御免くださるようにと、強いて御訴訟を申しております」と申し上げると、御前もお笑いになり、「ここへ呼べ」との上意で、讃岐守が周防守を同道して御前へ罷り出たところ、「誤りがあった。堪忍して務めよ」との上意がありました。そのとき讃岐守は周防守に向かい、「有り難い上意」と言いましたが、周防守は有り難しとは言わず、「御もっともなご儀と存じます。この上意の上は畏まりました」とお請けして退出しました。時に讃岐守も御前を立ち、御次の間で周防守に向かって、「ご意の趣、御役の御訴訟、お請けの仕方とも、合点がゆかない。どのような思し召しでこのように申し上げられたのか」と問いました。周防守は、「そのことは、恐れながらご自身の身を分けて、禁裏守護に西国までの御名代として京都に私を置かれていることで、幸いこのたび江戸に罷り出ておりますので、このたび飛鳥井は私を通して召されるべきことなのに、直接お召しになったので、ご自身が所司代職をお勤めあそばすというものですから、私の役儀は無用のことと存じ、御訴訟を申したのです。それを聞し召し分けられ、誤りであったとの上意でしたので、御もっともなことと申し上げたのです」と答えました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』魯問魯陽文君、将に鄭を攻めんとす。子墨子、聞きて之を止め、陽文君に謂いて曰く、「今、魯の四境の内をして、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、其の民を殺し、人、其の牛馬狗豕布帛米粟貨財を取らしめば、則ち何若」と。魯陽文君曰く、「魯の四境の内は、皆な寡人の臣なり。今、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、之が貨財を奪わば、則ち寡人、必ず将に厚く之を罰せんとす」と。子墨子曰く、「夫れ天の兼ねて天下を有つや、亦た猶お君の四境の内を有つがごときなり。今、兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとす。天の誅、其れ至らざらんや」と。魯陽文君曰く、「先生、我が鄭を攻むるを止むるか。我が鄭を攻むるは天の志に順う。鄭人、三世、其の父を殺す。天、誅を加えて、三年、登らざらしむ。我れ将に天の誅を助けんとす」と。子墨子曰く、「鄭人、三世、其の父を殺して、天、誅を加え、三年、登らざらしむ。天の誅、足れり。今、又た兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとして、曰く、『吾が鄭を攻むるや、天の志に順う』と。譬えば人、此に有り。其の子、强梁にして不材なり。故に其の父、之を笞つ。其の鄰家の父、木を舉げて之を擊ちて曰く、『吾れ之を擊つや、其の父の志に順う』と。則ち豈に悖らざらんや」と。
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『呻吟語』外篇・治道・位以て其の惡を濟す政を為す者は、行ふを得れば即ち行ふの謂に非ず、行ふ可きに從ひて則ち行ふのみ。行ふを得るの勢ひ有りて、行ふ可きの理に昧ければ、是れ位以て其の惡を濟すなり。君子は之を賊と謂ふ。
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・国は政府の私有にして人民は国の食客たるがごとしそもそもわが国の人民に気力なきその原因を尋ぬるに、数千百年の古より全国の権柄を政府の一手に握り、武備・文学より工業・商売に至るまで、人間些末の事務といえども政府の関わらざるものなく、人民はただ政府の嗾するところに向かいて奔走するのみ。あたかも国は政府の私有にして、人民は国の食客たるがごとし。すでに無宿の食客となりてわずかにこの国中に寄食するを得るものなれば、国を視ること逆旅のごとく、かつて深切の意を尽くすことなく、またその気力を見わすべき機会をも得ずして、ついに全国の気風を養いなしたるなり。
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