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明訓一班抄抄録 / 奢侈を禁ずべき事・非常に備え、姑息を避ける決断

非常の節に臨み、御用を缺間敷策有べからず、惶多も三代將軍有德公は不及申、其他三親藩にて尾州の源敬、紀州の源南、祖宗の威儀を初、諸大名何れも名將の聞えたる者は、皆常々儉約して武備を勵し家中に空く祿を食む者なき樣にせしなり、遊女出家の遊民の外、君に祿を給る家中祿を空しくする事有べからず、非常の事あらんには、其家中には國主領主に附從ひ、國主領主は我先にと幕府の御用に立樣、常々心掛、幕府にては常々御旗本に武備を勵し給ふて、國主領主を賴みに不思召樣、双方折合時は、夷船何程渡來るとも、又は萬々一國持大名に異變有之とも、更に恐るゝに不足事なり、右樣武備の手當調たる上は人々相應の美はくるしくも有之間敷なれども、儉約を守り一生取かゝりてさへ行屆兼候はん、たとへば十分手當出來し上は十一分にも十二分にも手厚き樣心掛べき事故、いつとても奢りてよきと言時は有之間敷、且日本中の事と違ひ、異國より渡來の戰爭はいつ何時有之も難計、出火と戰爭は前日より分りたる事は有まじ、公邊を初奉り、三親藩は勿論、諸大名とも、生るゝより死る迄、我皇國の道を本とし、佛法の異端邪道を退け、常々異國船來りたり共手筈不違樣申合せ置、兼て覺悟第一たるべし、異端の道を惡きとは知ながら、苟安姑息して近付る事なかれ、苟安姑息と言事は見通しなきと不決斷より出る事にて黑白の見拔なき故なり、黑白の見拔なき時は、たとへ賢明有者の正論を聞一度尤と思ひ、又愚闇不當の邪論を聞ても成程と惑ひ、兩方の説を取用ひて黑ともならず白ともならずと言如く、中を取て中庸と思ひ誤る事の少なからず、是を色に譬れば鼠色の所を用ゆるにひとし、鼠色は白くは一切なる事なし、黑く成によりて姑息を用る人惡き方に成行、此理とくれ〱も非常の卓見をもて永世までも無用の奢を禁じ、文道武道を勵みぬるぞ、人君の急務なるべし、

新字:非常の節に臨み、御用を欠間敷策有べからず、惶多も三代将軍有徳公は不及申、其他三親藩にて尾州の源敬、紀州の源南、祖宗の威儀を初、諸大名何れも名将の聞えたる者は、皆常々倹約して武備を励し家中に空く禄を食む者なき様にせしなり、遊女出家の遊民の外、君に禄を給る家中禄を空しくする事有べからず、非常の事あらんには、其家中には国主領主に附従ひ、国主領主は我先にと幕府の御用に立様、常々心掛、幕府にては常々御旗本に武備を励し給ふて、国主領主を頼みに不思召様、双方折合時は、夷船何程渡来るとも、又は万々一国持大名に異変有之とも、更に恐るゝに不足事なり、右様武備の手当調たる上は人々相応の美はくるしくも有之間敷なれども、倹約を守り一生取かゝりてさへ行届兼候はん、たとへば十分手当出来し上は十一分にも十二分にも手厚き様心掛べき事故、いつとても奢りてよきと言時は有之間敷、且日本中の事と違ひ、異国より渡来の戦争はいつ何時有之も難計、出火と戦争は前日より分りたる事は有まじ、公辺を初奉り、三親藩は勿論、諸大名とも、生るゝより死る迄、我皇国の道を本とし、仏法の異端邪道を退け、常々異国船来りたり共手筈不違様申合せ置、兼て覚悟第一たるべし、異端の道を悪きとは知ながら、苟安姑息して近付る事なかれ、苟安姑息と言事は見通しなきと不決断より出る事にて黒白の見抜なき故なり、黒白の見抜なき時は、たとへ賢明有者の正論を聞一度尤と思ひ、又愚闇不当の邪論を聞ても成程と惑ひ、両方の説を取用ひて黒ともならず白ともならずと言如く、中を取て中庸と思ひ誤る事の少なからず、是を色に譬れば鼠色の所を用ゆるにひとし、鼠色は白くは一切なる事なし、黒く成によりて姑息を用る人悪き方に成行、此理とくれ〱も非常の卓見をもて永世までも無用の奢を禁じ、文道武道を励みぬるぞ、人君の急務なるべし、

書き下し

非常の節に臨み、御用を缺間敷策有べからず、惶多も三代將軍有德公は不及申、其他三親藩にて尾州の源敬、紀州の源南、祖宗の威儀を初、諸大名何れも名將の聞えたる者は、皆常々儉約して武備を勵し家中に空く祿を食む者なき樣にせしなり、遊女出家の遊民の外、君に祿を給る家中祿を空しくする事有べからず、非常の事あらんには、其家中には國主領主に附從ひ、國主領主は我先にと幕府の御用に立樣、常々心掛、幕府にては常々御旗本に武備を勵し給ふて、國主領主を賴みに不思召樣、双方折合時は、夷船何程渡來るとも、又は萬々一國持大名に異變有之とも、更に恐るゝに不足事なり、右樣武備の手當調たる上は人々相應の美はくるしくも有之間敷なれども、儉約を守り一生取かゝりてさへ行屆兼候はん、たとへば十分手當出來し上は十一分にも十二分にも手厚き樣心掛べき事故、いつとても奢りてよきと言時は有之間敷、且日本中の事と違ひ、異國より渡來の戰爭はいつ何時有之も難計、出火と戰爭は前日より分りたる事は有まじ、公邊を初奉り、三親藩は勿論、諸大名とも、生るゝより死る迄、我皇國の道を本とし、佛法の異端邪道を退け、常々異國船來りたり共手筈不違樣申合せ置、兼て覺悟第一たるべし、異端の道を惡きとは知ながら、苟安姑息して近付る事なかれ、苟安姑息と言事は見通しなきと不決斷より出る事にて黑白の見拔なき故なり、黑白の見拔なき時は、たとへ賢明有者の正論を聞一度尤と思ひ、又愚闇不當の邪論を聞ても成程と惑ひ、兩方の説を取用ひて黑ともならず白ともならずと言如く、中を取て中庸と思ひ誤る事の少なからず、是を色に譬れば鼠色の所を用ゆるにひとし、鼠色は白くは一切なる事なし、黑く成によりて姑息を用る人惡き方に成行、此理とくれ〱も非常の卓見をもて永世までも無用の奢を禁じ、文道武道を勵みぬるぞ、人君の急務なるべし、

現代語訳

非常の時に臨んで、御用を欠かないですむ策があるはずがありません。恐れ多くも三代将軍有徳公は言うまでもなく、そのほか三親藩の尾州の源敬、紀州の源南、祖宗の威儀をはじめ、諸大名のうち名将と聞こえた者は、皆、常々倹約して武備を励まし、家中にむなしく禄を食む者がないようにしたのです。遊女や出家など遊民のほかは、君から禄を給わる家中が禄をむなしくしてはなりません。非常のことがあれば、家中は国主・領主に付き従い、国主・領主は我先にと幕府の御用に立つよう常々心がけ、幕府では常々御旗本に武備を励まされて、国主・領主を頼りにお思いにならないように、双方が折り合うときは、夷船がどれほど渡来しても、また万々一、国持ち大名に異変があっても、少しも恐れるに足りません。このように武備の手当が整った上は、人々相応の美しさは苦しくもないでしょうが、倹約を守り一生取りかかってさえ、行き届きかねるでしょう。たとえば十分な手当ができた上は、十一分にも十二分にも手厚くなるよう心がけるべきことなので、いつでも奢ってよいという時はありません。そのうえ、日本国中のことと違い、異国から渡来する戦争は、いつ何時あるかはかり難く、出火と戦争は前日から分かるものではありません。幕府をはじめ、三親藩はもちろん、諸大名とも、生まれてから死ぬまで、我が皇国の道を本とし、仏法の異端邪道を退け、常々、異国船が来ても手筈が違わないよう申し合わせておき、かねての覚悟が第一です。異端の道を悪いと知りながら、苟安姑息(その場しのぎ)をして近づいてはなりません。苟安姑息ということは、見通しのなさ、不決断から出ることで、黒白の見抜きがないためです。黒白の見抜きがないときは、賢明な人の正論を聞いて一度もっともだと思い、また愚かで不当な邪論を聞いても、なるほどと惑い、両方の説を取り用いて、黒ともならず白ともならずと言うように、中を取って中庸と思い誤ることが少なくありません。これを色にたとえれば、鼠色を用いるのと同じです。鼠色は決して白いものではなく、黒くなることによって、姑息を用いる人は悪い方へ成り行きます。この理を、くれぐれも非常の卓見をもって、永世までも無用の奢りを禁じ、文道・武道を励むことが、人君の急務でしょう。

解説

災害や有事は前日に知らせてくれない、だから日ごろの備えは十分に整えた上でさらに厚くせよという教えです。また、対立する意見の真ん中を取れば中庸だと思う誤りを、白と黒を混ぜた鼠色にたとえて戒めています。現代の管理職も、事業継続や人員の余力を平時のうちに確保し、迷う場面では両論の中間という安易な妥協ではなく、根拠に基づく決断を行う必要があります。判断を避けた折衷案は、結局どちらにも役立たないことが少なくありません。

この章句が説くこと

明訓一班抄徳川斉昭備え姑息中庸の誤り決断

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