及門遺範 / 武技は実用を旨とする
一又謂、習武者所以臨陳盡己職分、本非私鬪之用、而亦非演塲衒技之具、當去花法、專務實用、當時承泰平之餘、習演技者、多株守昔人成法、拘泥陳跡、不能出其區域、先生嘗與杉山子方等、學伊勢所傳吉田射法、又招傳戶崎氏刀法者、使敎授少年、自是如小野之刀、種田之槍、荻野之銃、往往傳播、而師家傳舊法者、亦務講求實用、自出機軸、至有稱雄於四方者、先生實爲之嚆矢、則非獨於文學多所發明、其於武技、亦不可謂無益於國家也、
新字:一又謂、習武者所以臨陳尽己職分、本非私闘之用、而亦非演塲衒技之具、当去花法、専務実用、当時承泰平之余、習演技者、多株守昔人成法、拘泥陳跡、不能出其区域、先生嘗与杉山子方等、学伊勢所伝吉田射法、又招伝戸崎氏刀法者、使教授少年、自是如小野之刀、種田之槍、荻野之銃、往往伝播、而師家伝旧法者、亦務講求実用、自出機軸、至有称雄於四方者、先生実為之嚆矢、則非独於文学多所発明、其於武技、亦不可謂無益於国家也、
書き下し
一、又謂ふ、武を習ふは、陣に臨みて己の職分を尽くす所以にして、本より私闘の用に非ず、亦た演場に技を衒ふの具に非ず。当に花法を去りて、専ら実用に務むべし、と。当時泰平の余を承け、演技を習ふ者は、多く昔人の成法を株守し、陳跡に拘泥して、其の区域を出づる能はず。先生嘗て杉山子方等と、伊勢の伝ふる所の吉田射法を学び、戸崎氏の刀法を伝ふる者を招きて、少年に教授せしむ。是より小野の刀、種田の槍、荻野の銃の如き、往々伝播し、而して師家の旧法を伝ふる者も、亦た実用を講求するに務め、自ら機軸を出だし、四方に雄を称する者有るに至る。先生は実に之が嚆矢と為す。則ち独り文学に於いて発明する所多きのみならず、其の武技に於いても、亦た国家に益無しと謂ふべからず。
現代語訳
一 先生はまたこう言いました。武芸を習うのは、陣に臨んで自分の職分を尽くすためであって、もとより私闘に使うためでも、演武の場で技を見せびらかす道具でもない。見かけだけの華やかな技を捨て、もっぱら実用に努めるべきである、と。当時は太平の世が続いたために、武芸の演技を習う者は、昔の人の定めた型をかたく守り、古いあとかたにこだわって、その枠から出られませんでした。先生はかつて杉山子方らとともに、伊勢に伝わる吉田流の射法を学び、戸崎氏の刀法を伝える者を招いて少年たちに教えさせました。それ以来、小野派の刀、種田流の槍、荻野流の銃などがあちこちに広まり、古い型を伝える師家も、実用を探究することに努め、自分から新しい工夫を出して、各地で名をあげる者も現れました。先生はまことにその先駆けでした。そうであれば、先生は学問で多くの発見をしただけでなく、武芸の面でも、国家に益がなかったとは言えません。
解説
この章句が説くこと
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史記 魯周公世家康公九年にして卒し、子の匽立つ。是れを景公と為す。景公二十九年にして卒し、子の叔立つ。是れを平公と為す。是の時、六国皆王と称す。平公の十二年、秦の恵王卒す。二十二年、平公卒し、子の賈立つ。是れを文公と為す。文公の七年、楚の懐王、秦に死す。二十三年、文公卒し、子の讎立つ。是れを頃公と為す。頃公の二年、秦、楚の郢を抜き、楚の頃王、東のかた陳に徙る。十九年、楚、我を伐ち、徐州を取る。二十四年、楚の考烈王、伐ちて魯を滅す。頃公亡げ、下邑に遷り、家人と為る。魯、祀を絶つ。頃公、柯に卒す。魯は周公より起りて頃公に至るまで、凡そ三十四世。太史公曰く、余聞く、孔子称して曰く「甚だしいかな、魯の道の衰へたるや。洙泗の間、齗齗如たり」と。慶父及び叔牙・閔公の際を観るに、何ぞ其れ乱れたるや。隠・桓の事、襄仲の適を殺して庶を立つること、三家北面して臣たるも、親ら昭公を攻め、昭公以て奔る。其の揖譲の礼に至りては則ち従へり。而るに事を行ふこと何ぞ其れ戻れるや。
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言志四録・言志耋録 第二百六十条 名に因りて実を責む人事、外変ぜずして内変ずる者之れ有り。名変ぜずして実変ずる者之れ有り。政に従ふ者は、宜しく名に因りて以て其の実を責め、外に就きて以て諸を内に求むべくして可なり。
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論語・雍也篇子曰く、觚、觚ならず。觚ならんや、觚ならんや。
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『驢鞍橋』卷上一日去る人仏法病有る人を伴ひ来て曰く、是人殊の外真実人也、教化あるべし。師見て曰く、あらいやの真実や。我処のをつきり共の真実にさへ飽果たり。牛馬の頸をも切るやうならつは者ならば、何とぞあひしらつて見んと也。
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論語・八佾篇子貢、告朔の餼羊を去らんと欲す。子曰く、「賜や、爾は其の羊を愛しむ、我は其の礼を愛しむ。」
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『新論』長計後世事簡易に従ひ、悠紀・主基に定国有りて、限るに近畿を以てし、其の儀独り京師に行はれて、四方の民、天皇の意と斯の礼の義とを知ることを得ず。護送する所数十里に止まりて、道路知らず。雑用之を各国に取らずして、国郡知らず。大祓・供幣の使廃れて、潔を致すの意と、天祖群神を統ぶるの義と、世之を知る莫し。則ち其の之を敬重する所以の意、家ごとに譬へ戸ごとに説くと雖も、天下孰か得て之を知らん。其の礼存すと雖も、其の用既に廃る、嘆くに勝ふべけんや。

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