及門遺範 / 経文を先に注釈を後に
一看經書者、使之先就經文熟讀玩味、或一篇中、前後相照應喚呼者、或於他書中、其意義可彼此互相發者、一一指示、又使之自思而得之融會貫通、有感發興起、然後稍就傳注質疑義、蓋所以使之時有意會、而亦未必要其甚解也、近世耳學之人、或未熟讀經文、先看傳注、傳注先入爲主、經文爲客、其弊至徒信後儒說、不信經文、經文反爲後儒之注脚、亦聖經之一厄也、
新字:一看経書者、使之先就経文熟読玩味、或一篇中、前後相照応喚呼者、或於他書中、其意義可彼此互相発者、一一指示、又使之自思而得之融会貫通、有感発興起、然後稍就伝注質疑義、蓋所以使之時有意会、而亦未必要其甚解也、近世耳学之人、或未熟読経文、先看伝注、伝注先入為主、経文為客、其弊至徒信後儒説、不信経文、経文反為後儒之注脚、亦聖経之一厄也、
書き下し
一、経書を看る者は、之をして先づ経文に就きて熟読玩味せしめ、或いは一篇の中、前後相照応喚呼する者、或いは他書の中、其の意義の彼此互ひに相発すべき者を、一一指示し、又之をして自ら思ひて之を得、融会貫通し、感発興起する有らしめ、然る後に稍や伝注に就きて疑義を質す。蓋し之をして時に意会有らしむる所以にして、亦た未だ必ずしも其の甚解を要せざるなり。近世耳学の人、或いは未だ経文を熟読せずして、先づ伝注を看、伝注先入主と為り、経文客と為る。其の弊、徒らに後儒の説を信じて経文を信ぜざるに至り、経文反って後儒の注脚と為る。亦た聖経の一厄なり。
現代語訳
一 経書を読む者には、まず経文そのものをじっくり読んで味わわせます。一つの篇の中で前後が呼応している箇所や、ほかの書物の中で意味が互いに照らし合う箇所を、一つ一つ示してやり、さらに自分で考えて悟らせ、全体を融け合わせて貫き通し、感じ奮い立たせます。そのあとで、はじめて少しずつ伝や注釈にあたって疑問を質します。これは、折にふれて心に会得するところを持たせるためであり、必ずしも細かい解釈まで求めるものではありません。近ごろの聞きかじりの学者は、経文をまだ熟読しないうちに先に伝や注釈を見てしまい、注釈が先入観となって主人になり、経文のほうが客になってしまいます。その弊害は、むやみに後世の儒者の説を信じて経文そのものを信じなくなり、経文がかえって後世の儒者の注釈の添え物になってしまうことです。これもまた、聖人の経書にとって一つの災いです。
解説
この章句が説くこと
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