甲陽軍鑑 / 品第十四
又信玄衆さいががけへおちたると申す、批判もぶせんさくにて、我みかたをそしる心なり、子細は家康衆信長武者のく所を、信玄衆おふてゆかば、先づ濱松方さいががけへ飛びこみたらんにこそ、武田方の軍兵もがけへ飛びこまんずれ、敵右へにぐるに何とて甲州勢左のさいががけへ飛びいらん、縱へ飛び入りてもそれが武士のよはみになることにてもなし、只町人の批判に相似たる儀なり、
新字:又信玄衆さいががけへおちたると申す、批判もぶせんさくにて、我みかたをそしる心なり、子細は家康衆信長武者のく所を、信玄衆おふてゆかば、先づ浜松方さいががけへ飛びこみたらんにこそ、武田方の軍兵もがけへ飛びこまんずれ、敵右へにぐるに何とて甲州勢左のさいががけへ飛びいらん、縦へ飛び入りてもそれが武士のよはみになることにてもなし、只町人の批判に相似たる儀なり、
書き下し
又信玄衆さいががけへおちたると申す、批判もぶせんさくにて、我みかたをそしる心なり、子細は家康衆信長武者のく所を、信玄衆おふてゆかば、先づ浜松方さいががけへ飛びこみたらんにこそ、武田方の軍兵もがけへ飛びこまんずれ、敵右へにぐるに何とて甲州勢左のさいががけへ飛びいらん、縦へ飛び入りてもそれが武士のよはみになることにてもなし、只町人の批判に相似たる儀なり、
現代語訳
また信玄衆が犀が崖へ落ちたと言う。この批判も無穿鑿で、我が味方をそしる心である。そのわけは、家康衆・信長武者が退く所を信玄衆が追って行ったなら、まず浜松方が犀が崖へ飛び込んだならばこそ、武田方の軍兵も崖へ飛び込もうが、敵は右へ逃げるのに、どうして甲州勢が左の犀が崖へ飛び入ろうか。たとえ飛び入ってもそれが武士の弱みになることでもない。ただ町人の批判に似たことである。
解説
この章句が説くこと
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