甲陽軍鑑 / 品第十四
長閑儀を勝賴公大きに合點まし〳〵て、御旗楯なしぞ明日の合戰のばすまじと御誓文なり、御旗は八幡太郎義家公の御旗なり、楯なしとは新羅三郎公の御具足なり、此御誓文なされてより能くもあしくも變改なき武田の大將の作法なれば、勝賴公御誓文の上は、各家老尤と申す、
新字:長閑儀を勝頼公大きに合点まし〳〵て、御旗楯なしぞ明日の合戦のばすまじと御誓文なり、御旗は八幡太郎義家公の御旗なり、楯なしとは新羅三郎公の御具足なり、此御誓文なされてより能くもあしくも変改なき武田の大将の作法なれば、勝頼公御誓文の上は、各家老尤と申す、
書き下し
長閑儀を勝頼公大きに合点まし〳〵て、御旗楯なしぞ明日の合戦のばすまじと御誓文なり、御旗は八幡太郎義家公の御旗なり、楯なしとは新羅三郎公の御具足なり、此御誓文なされてより能くもあしくも変改なき武田の大将の作法なれば、勝頼公御誓文の上は、各家老尤と申す、
現代語訳
長閑の儀を勝頼公は大いに合点なされて、御旗・楯無も照覧あれ、明日の合戦は延ばすまいと御誓文である。御旗とは八幡太郎義家公の御旗である。楯無とは新羅三郎公の御具足である。この御誓文をなされてからは、よくも悪くも変改のない武田の大将の作法であるので、勝頼公の御誓文の上は、各家老ももっともと申した。
解説
勝頼は長閑の言を容れ、家宝の御旗と楯無に誓って翌日の合戦を決めた。この誓いを立てたら、よくも悪くも変えないのが武田の大将の作法であり、家老たちも従うほかなかった。重い誓いは結束を生むが、誤った判断を覆す道も塞いでしまう。取り返しのつかない形で決める前に、異論を尽くしておくことが肝要である。決めた後に覆さない作法は美徳だが、決める前の吟味があってこそ生きる。
この章句が説くこと
決断誓文判断長篠勝頼御旗楯無
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