甲陽軍鑑 / 品第十四
人なみなる男の內にて少し口のきいたる者が、はなもと斗りに思案あれば、我身の三十·四十になるまでも、よきことなきをば不知して人の善惡を申す、貴殿は何をなされたると傍輩達にとはれては、ことにあふたらば是非仕らんと云ふて、五十に成る迄何もせで、人にあしういはるゝを大事もなきと申すを地謠武士と是を云ふ、大事なし、侍共申すべし、おとろゆる家にては、此地謠男や利根にて臆病なる男や、ばかにて臆病なる男や、惣別あしき者の繁昌するは、きづのある大將の下にて、出頭人が君のためを思はぬ故ぞかし、箇樣なるをさして末に成りたる家とは申すぞ、
新字:人なみなる男の内にて少し口のきいたる者が、はなもと斗りに思案あれば、我身の三十·四十になるまでも、よきことなきをば不知して人の善悪を申す、貴殿は何をなされたると傍輩達にとはれては、ことにあふたらば是非仕らんと云ふて、五十に成る迄何もせで、人にあしういはるゝを大事もなきと申すを地謡武士と是を云ふ、大事なし、侍共申すべし、おとろゆる家にては、此地謡男や利根にて臆病なる男や、ばかにて臆病なる男や、惣別あしき者の繁昌するは、きづのある大将の下にて、出頭人が君のためを思はぬ故ぞかし、箇様なるをさして末に成りたる家とは申すぞ、
書き下し
人なみなる男の内にて少し口のきいたる者が、はなもと斗りに思案あれば、我身の三十·四十になるまでも、よきことなきをば不知して人の善悪を申す、貴殿は何をなされたると傍輩達にとはれては、ことにあふたらば是非仕らんと云ふて、五十に成る迄何もせで、人にあしういはるゝを大事もなきと申すを地謡武士と是を云ふ、大事なし、侍共申すべし、おとろゆる家にては、此地謡男や利根にて臆病なる男や、ばかにて臆病なる男や、惣別あしき者の繁昌するは、きづのある大将の下にて、出頭人が君のためを思はぬ故ぞかし、箇様なるをさして末に成りたる家とは申すぞ、
現代語訳
そのように、人並の男の内で少し口の利く者が、鼻先ばかりの思案なので、我が身が三十・四十になるまでもよいことのないのを知らずに人の善悪を申す。貴殿は何をなされたのかと傍輩たちに問われては、事にあったらぜひやろうと言って、五十になるまで何もせず、人に悪く言われるのを大事もないと言う、これを地謡武士という。大事ない、侍どもはそう言うであろう。衰える家では、この地謡男や、利根で臆病な男や、馬鹿で臆病な男や、総じて悪い者が繁昌するのは、傷のある大将の下で、出頭人が君のためを思わないからである。このようなのを指して、末になった家とは申すのである。
解説
この章句が説くこと
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