甲陽軍鑑 / 品第十四
ここを又長閑聞給へ、あしき人のみの侍も名大將のしやうにて大合戰に勝給ふ時は、件の盜人侍共捨頸の一ッ二ッは拾て、またよき大剛の衆に人うちはぐるゝ事も有べし、是たゝ國持大將の肝要に分別なさるゝ所也、信玄公ケ樣の批判中々日本の事は不及申ニ、大國にもさのみ稀ならんと存ずる程也、强過たる大將は我働きばかり搆へ、何のせんさくもなき物也、
新字:ここを又長閑聞給へ、あしき人のみの侍も名大将のしやうにて大合戦に勝給ふ時は、件の盗人侍共捨頸の一ッ二ッは拾て、またよき大剛の衆に人うちはぐるゝ事も有べし、是たゝ国持大将の肝要に分別なさるゝ所也、信玄公ケ様の批判中々日本の事は不及申ニ、大国にもさのみ稀ならんと存ずる程也、強過たる大将は我働きばかり搆へ、何のせんさくもなき物也、
書き下し
ここを又長閑聞給へ、あしき人のみの侍も名大将のしやうにて大合戦に勝給ふ時は、件の盗人侍共捨頸の一ッ二ッは拾て、またよき大剛の衆に人うちはぐるゝ事も有べし、是たゝ国持大将の肝要に分別なさるゝ所也、信玄公ケ様の批判中々日本の事は不及申ニ、大国にもさのみ稀ならんと存ずる程也、强過たる大将は我働きばかり搆へ、何のせんさくもなき物也、
現代語訳
ここをまた長閑、お聞きなされよ。悪い人ばかりの侍も、名大将の采配で大合戦に勝たれる時は、例の盗人侍どもも捨て首の一つ二つは拾い、またよい大剛の衆に人が討ちはぐれることもあろう。これはただ国持大将が肝要に分別なさるところである。信玄公のこのような批判は、日本のことは言うに及ばず、大国(唐)にもそう多くは稀であろうと思われるほどである。強過ぎたる大将は自分の働きばかりを構えて、何の穿鑿もないものである。
解説
この章句が説くこと
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説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
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