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甲陽軍鑑 / 品第十四

扨は殘る百人のうち八十人の侍斗り居て、何事に付ても中篇に思案仕よく知たる事をもしらぬ樣に取なし、殊更身を大事にして兎角つよすぎたる大將の下にて、討死などして妻子共に別れんより、引きこまんと存知、物をたくはへんとて、虛病を搆へ軍役をかき、武具をも嗜まねば若しあらはれやせんとて、そこにて出頭衆へ草づとを惠み、ここをもつて古人も世滯流布似投猿ノ檻ヲとは、身を持ちたがりあがきまはる侍のしわざなり、其侍が必ず奉公の忠節·忠儀もなくして、知行をほしがるは藏や土藏のしりをきる盜人よりはおとりなり、其謂は盜人はあらはるれは又命を失ふ、此待武士の働き卅に餘り四十に及ても能事もなくて所領を望むは盜人の內にても一入未練の盜賊なり、

新字:扨は残る百人のうち八十人の侍斗り居て、何事に付ても中篇に思案仕よく知たる事をもしらぬ様に取なし、殊更身を大事にして兎角つよすぎたる大将の下にて、討死などして妻子共に別れんより、引きこまんと存知、物をたくはへんとて、虚病を搆へ軍役をかき、武具をも嗜まねば若しあらはれやせんとて、そこにて出頭衆へ草づとを恵み、ここをもつて古人も世滞流布似投猿ノ檻ヲとは、身を持ちたがりあがきまはる侍のしわざなり、其侍が必ず奉公の忠節·忠儀もなくして、知行をほしがるは蔵や土蔵のしりをきる盗人よりはおとりなり、其謂は盗人はあらはるれは又命を失ふ、此待武士の働き卅に余り四十に及ても能事もなくて所領を望むは盗人の内にても一入未練の盗賊なり、

書き下し

扨は残る百人のうち八十人の侍斗り居て、何事に付ても中篇に思案仕よく知たる事をもしらぬ様に取なし、殊更身を大事にして兎角つよすぎたる大将の下にて、討死などして妻子共に別れんより、引きこまんと存知、物をたくはへんとて、虚病を搆へ軍役をかき、武具をも嗜まねば若しあらはれやせんとて、そこにて出頭衆へ草づとを恵み、ここをもつて古人も世滞流布似投猿ノ檻ヲとは、身を持ちたがりあがきまはる侍のしわざなり、其侍が必ず奉公の忠節·忠儀もなくして、知行をほしがるは蔵や土蔵のしりをきる盗人よりはおとりなり、其謂は盗人はあらはるれは又命を失ふ、此待武士の働き卅に余り四十に及ても能事もなくて所領を望むは盗人の内にても一入未練の盗賊なり、

現代語訳

そうなると百人のうち八十人の侍ばかりが残って、何事につけても中途半端に思案し、よく知っていることも知らないふうに取りなし、ことに身を大事にして、とかく強過ぎたる大将の下で討死などして妻子と別れるよりは引きこもろうと思い、物を蓄えようとして、仮病を構えて軍役を欠き、武具もたしなまないので、もし露見はしないかと、そこで出頭衆へ贈り物をする。ここをもって古人も「世に滞り流布するは猿の檻に投ずるに似たり」と言ったのは、身を保ちたがってあがき回る侍の仕業である。その侍が奉公の忠節・忠義もなくて知行を欲しがるのは、蔵や土蔵の尻を切る盗人よりも劣る。そのわけは、盗人は露見すればまた命を失う。この侍は働きが三十を過ぎ四十に及んでもよいこともなくて所領を望むのだから、盗人の内でもひとしお未練な盗賊である。

解説

上の二十人が死に絶えると、残るのは身を惜しむ八十人である。彼らは仮病で役を逃れ、武具も整えず、露見を恐れて出頭人に贈り物をする。高坂は、働かずに知行だけを求める者は、命を懸ける盗人より劣ると厳しく言う。強過ぎる大将の組織では、よい人が消え、保身の人が残る。その結果として、組織の空気そのものが変わってしまう。保身の人が残る仕組みを作ったのが誰かを、上の者こそ問わねばならない。

この章句が説くこと

保身知行人材忠節盗人仮病

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